第12話 烏と囲炉裏、揃いし六将
鮮血が飛び、十兵衛の体が仰向けに倒れていく。
静かに倒れた十兵衛に刻まれている切り傷から、とめどなく血が溢れ出している。
腹に弾丸を受けてもあの太刀筋とは。
『辻斬り太刀花』の強さは十分理解していたつもりだったが、完全に見誤っていた。
ちくしょう、最悪だ。
薄れゆく意識の中で、十兵衛は焦燥によって準備を怠った事を後悔する。
『辻斬り太刀花』をすぐにでも倒さねばならないという気持ちが先行し、焦ってしまった。
こんな状態ではもう、後悔をする意味が無いことを分かっていながら。
いや。
バイクの音が聞こえてくる。
力強いエンジン音は一気に十兵衛の元へ接近すると、タイヤの擦れる音を上げて停止した。
エンジンが止まり、硬い足音がバイクから降りて十兵衛の前に立つ。
「遅かったか……。いや、間に合ったとも言えるな」
血だらけで倒れる十兵衛を見て呟いたのは、黒いレザースーツに身を包んだ壮年の男性だった。
男は腰から包帯を取り出すと、屈みこんで十兵衛の傷跡に被せる。
滲み出る血液で汚れる事を厭わず手で押さえ、できる限りの止血を行った。
「佐々木 十兵衛だな。随分と無茶をしたもんだ。俺が来るまでの時間を、たった一人で稼ぐつもりだったなど」
そう口にする勇ましい髭面を捉えた十兵衛が、僅かに口を開く。
「『六牙将』が何故、俺の名を」
「同業者だろう。俺は同じ志を持って働いている者達の名前は、全員覚えている」
そう答えた男は十兵衛の言う通り『六牙将』の一人。
『仕置き
彼が来るまでの時間を稼ぎ、『辻斬り太刀花』を消耗させる事が十兵衛の目的だった。
もっとも、そこまでの時間を稼ぐことはできなかったのだが。
宗重は彫りの深い顔を一切動かさず、ただひたすらに十兵衛の止血をしていた。
「『辻斬り太刀花』はまだ近くにいるはずだ。俺は置いて、彼女を追ってくれ」
「そういうわけにもいかん。救うべき目の前の人命を救えずに、『辻斬り太刀花』を倒したところで意味が無い」
自身の言葉に対して返された宗重の反論に、十兵衛はまた自らの無力を嘆くことになる。
自分のせいで、また『辻斬り太刀花』を取り逃してしまう。
宗重はそんな彼の抱える罪悪感を、機敏に感じ取っていた。
「お前はできることをやっただけだ。悪いのは『辻斬り太刀花』であり、止められなかったからと言ってお前に非があるわけではない。それを言ってしまえば、我ら『六牙将』だって同じだからな」
無骨な表情には似合わぬ励ましを受けるが、十兵衛は抱える罪悪感を拭いきることがどうしてもできない。
そこで十兵衛は、その罪悪感を払拭させる一つの方法を思いついた。
少しためらった後、宗重にそれを伝える。
「恥を承知で頼みたい。俺に『戦い方』を教えてくれないか」
『辻斬り太刀花』は『六牙将』に匹敵する実力を持っていると言われている。
だが今の十兵衛は『辻斬り太刀花』に遠く及ばない。
こんな状態では、彼の悩みを解決することは難しいだろう。
十兵衛は強くなりたいのだ。
彼の弱々しくも真っ直ぐな視線を受けた宗重だったが、その反応は良いとは言えなかった。
「お前は刀使いだろう。
そう言った後、彼は十兵衛の視線と同じ真っ直ぐな目を向けて続けた。
「だが、刀の扱いを知る『六牙将』を紹介することはできる。そこからは、お前次第になるが」
宗重は、十兵衛の覚悟を認めたのである。
一方で、十兵衛を制し弾傷を負った風歌は春一郎の屋敷で治療を受けていた。
看護係の女構成員に囲まれて
幸い弾丸は危険な箇所を通らなかったようで、軽い消毒と包帯を巻いて治療が完了した。
腹巻のように巻かれた包帯を気にしていると、新しい着物が手渡される。
それは以前風歌が着ていた、橙色の着物だった。
彼女はこの着物が一番のお気に入り。鼻歌を歌いながら、着物に袖を通して素早く着替えを済ませる。
着替えを終えた風歌が廊下へ顔を出すと、ちょうど通りかかった春一郎に出くわした。
「おお、『太刀花』。丁度良かった。椿骸の所在が、判明したんだ」
黒鷲一派の情報網は凄まじいもので、消えた椿骸のその後を全て掴むことに成功したらしい。
春一郎の手に入れた情報は3つだ。
一、椿骸は奪われておらず、灯治衆に襲われた後どこかに隠していただけだったという事。
二、黒鷲一派の襲撃を含め短期間に2度の襲撃があり、それによって椿骸の保管場所を変更することに決まったという事。
三、そしてそれが、数日後に決行されるという事。
「移送先はどんなセキュリティの場所か分からん。だから……」
「『移送中に奪う』! って事ね」
春一郎の言葉に被せる形で、風歌が口にした。
彼女の言葉を聞いた春一郎が、静かに微笑んで頷く。
第2回 椿骸奪還作戦。
開幕だ。
そして、数日後。
青く晴れ渡った快晴の空の下で、高速道路を駆ける1台のトラックと、その後ろに2台のビークル車が横並びで追従している。
ビークル車の屋根にはそれぞれ1人ずつ、2人の影が立っていた。
片方は緑色の甲冑を纏った男……『刀皇』錦馬 韓陽。
そしてもう片方は同じく『六牙将』最高齢の人物であり、最後の一人。
『
サンタクロースを彷彿させる立派な髭と高い鼻が特徴的な、勇ましい老武将だ。
2つ並んだ車の上で、2人はただ過ぎ去っていく後ろの景色を見つめている。
今のところ、不審な車は見受けられない。
そんな中で、秀頼が韓陽に声をかけた。
「のう、錦馬」
静かに腕を組んでいた韓陽は、後方から視線を外すことなく秀康の声に応える。
「いかがしましたか」
「『辻斬り太刀花』は、来ると思うか?」
秀頼も韓陽と同じく、後方へ視線を向けたまま質問を放った。
韓陽は兜に隠れた表情を動かすことなく、即座に言葉を返す。
「来なければいいんですがね。しかし、何かしらが起きる可能性は高いかと」
そのために『六牙将』が2人もいるのだから。
「これを言うと、反感を買ってしまうかもしれんが……」
秀頼は絹のような髭を
その後、自身の考えを韓陽に打ち明けた。
「
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