第11話 停留所に差す火打ち金
風歌は構成員達を倒した時から一変して、のらりくらりとした足取りで掛本に近付いていく。
風歌にとって掛本は、取るに足らないチンピラの一人でしかないからだ。
「クソがぁ!」
掛本が必死に拳銃を放つも、的確な刀捌きで全てを弾かれてしまう。
徐々に後ずさっていく掛本の足は、窓際まで下がって停止した。しかし、風歌は近付いてくる。
掛本の額から、
「おおっ!!」
その時、掛本が動く。
上半身を下げて下へ潜り込むと、突き上げるような鋭いアッパーを放った。
ひらりとスウェーで回避した風歌へ、さらに足を踏み込んで連撃を繰り出していく。
が、風歌はそんなお遊びに付き合うほど寛容ではなかった。
掛本は自身の手が止まっていることをようやく自覚し、いつの間にか胸部へ刀が突き刺さっていたことにも気付く。
目にも留まらぬ速度で行われた、針の穴を通すような一撃で心臓を貫かれたのだ。
「ぶふ……」
逆流してせり上がってくる血液を抑えきれず、掛本は口から血を吐き出してしまう。
抵抗する力さえ無くなってしまった彼の
そのまま、ゴミを捨てるかのように掛本を放り投げる。
ボウリングの球が落下したようなゴツンという鈍い音と、誰かの悲鳴が外から聞こえてきた。
「あ、殺しちゃダメなんだった……ま、いっか」
風歌は思い出したようにそう呟いた後、袖から春一郎に渡されていた名簿を取り出す。
倒したのは掛本で3人目。彼の名をペンで消した後、灯治衆に加担している次なる犯罪者の元へ向かった。
「本当に、灯治衆が椿骸の行方を知っていると思います?」
風歌に灯治衆傘下の犯罪者達を狩らせている事を疑問に感じた健太郎が、春一郎に質問する。
その疑問は正しかったようで、春一郎は軽く笑って答えた。
「なわけあるかい。明らかに、椿骸を奪われた感じはしねぇ。どこかに隠してあるんだろう」
「では、『太刀花』に犯罪者狩りをやらせているのは……」
「ただの戦力減らしさ。灯治衆は恐らく、俺らと『太刀花』が手を組んだことにまだ気付いちゃいない。今のうちに『太刀花』に暴れさせときゃあ、報復の恐れなく奴らの戦力を減らせるってワケよ」
春一郎の鋭い眼光が健太郎を刺す。
彼は初めから、風歌が椿骸の情報を得ることなど期待していなかったのだ。
B級犯罪者『竜巻ひげ』
同じくB級犯罪者『
着々と、風歌の持つ犯罪者たちの名簿に墨が塗られていた。
「死ねやぁッ!!」
人のいない立体駐車場に、チンピラの怒鳴り声が響く。
風歌は頭上に振り下ろされた鉄パイプをあっさりと切断し、踏み込んでチンピラの襟首を掴んだ。
容赦なく喉を刺して絶命させると、身を翻して背後へ回し蹴り。
後ろに立っていたもう一人の顎を叩き割る勢いで蹴ると、引き抜いた刀で縦一文字を放った。
一直線に引かれた紅い筋が鮮血を飛ばし、斬られた男は膝から崩れ落ちる。
すぐさま振り返った風歌が刀を構えると、金属バットがかち合った。
今回の目標、B級犯罪者『
勇まし渡く突き出る金髪のリーゼントに、着崩した学ラン姿の彼が持っている武器はただの金属バットではない。
業物『
風歌の滑轆轤と同じ業物の名を冠する棍棒であり、フルスイングで車を破壊できるほどの代物だ。
原田はこれを使って周囲のチンピラ達を押しのけ、自身の軍団『
だが、そんな実績など風歌の前には無意味だった。
翻って棍棒を弾いた後、踏み込んで原田の喉元に腕を押し付ける。
その腕を掴もうとした原田へ蹴りを放ち、反撃すべく振るわれた棍棒を刀で受け止めて。
切り返しに放った横一閃が、原田の上半身を斬り裂いた。
「ごぁ……ぐ……」
肺を斬られ、原田は空気が吸えず詰まった言葉をひねり出す。
ゆっくりと倒れていく彼の脳天に、風歌はトドメの一撃を突き刺した。
再び静まり返った駐車場の中で、引き抜いた刀が纏う血を払い飛ばす。
打ち水のように飛び散った血の先で、硬い足音がこちらへ近付いている事に気が付いた。
「あら」
顔を上げ、振り返った風歌がその正体を見て微笑みを見せる。
カーキ色のコートに身を包み、黒いボーラーハットを被った長身の姿。
左眼には黒い眼帯を着け、コートの陰から刀が覗いていた。
現れたのは、佐々木 十兵衛。
「久しぶりだな、『辻斬り太刀花』。突き止めるのに手間がかかったぞ」
「……どこかで会ったっけ?」
十兵衛の挨拶に風歌は首を傾げる。
どうやら彼の事を、すっかり忘れているようだった。
そんな彼女にため息を吐いた十兵衛は、腰を落とした前屈みの姿勢で刀の柄を握る。
彼の刀……業物『
「まあ、覚えてくれなくていい」
「ここでお前を倒せれば、二度と会うことは無いからな」
そう言った十兵衛が前方に重心を傾け、コンクリートの地面を蹴る。
風歌の元へ推進しながら引き抜いた刀で、力強い一閃を放った。
刀同士がかち合い、甲高い音と金属のたわむ音とが混じった独特の音色が響く。
二合、三合。
攻める十兵衛の刀を、風歌は片腕の捌きでいなしていた。
力の流れを完璧に把握した弾きによって、十兵衛の重い攻撃を難無く受け流している。
カウンターとして風歌が放った足払いをジャンプで回避した後、空中から叩きつけるような十兵衛の縦一閃。
横方向に転がって回避した風歌に横薙ぎの刀を放ち、彼女が立ち上がることを許さず、ガードを強要させた。
火花が散り、鈍い銀色の刃が擦れ合う。
そしてその瞬間を、十兵衛は狙っていた。
「喰らえ……!」
片手を柄から外して、何かを取り出そうとコートの腰部分に手を回す。
だが風歌が、その瞬間を見逃す筈がない。
「がふっ!?」
片手を外した事で一瞬生じた力の緩みを突き、風歌は十兵衛の顎に向かって突き上げるような蹴りを放った。
脳天まで駆け抜ける激痛に引っ張られ、十兵衛の体は大きく
刀を弾いて立ち上がり、十兵衛の喉を刺すべく足を踏み込んだ。
その時、駐車場内に破裂音が響く。
「ぐッ!?」
今まさに十兵衛へ刀を突きつけようとしていた風歌の体が、突き飛ばされたかのように軽く仰け反った。
すぐさまバランスを取り戻した彼女は視線を落とし、脇腹から感じる強烈な『熱さ』の正体を確認する。
着物に空いた丸い穴から、赤黒い血が滲み出ていた。
目を見開いて視線を前に向けると、十兵衛が倒れたまま拳銃の口をこちらに向けている。
グリップを握る黒い皮手袋は、静かに震えていた。
「『ハナっからお前に勝てる見込みで斬り合うほど、自惚れちゃあいねぇ』、前に会った時はそう言ったんだ。至近距離で弾丸でも放たねぇと、お前に勝てる気がしなかったもんで」
ニィと笑ってそう告げた十兵衛は、トリガーに指をかけてもう一発の弾丸を放とうとする。
「それでも、私には勝てないよ」
だがそれよりも早い風歌の袈裟斬りが、十兵衛の胴体を一閃していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます