第10話 蝮を喰らいに物見遊山

 椿骸は『妖刀』と呼ばれており、それを手にした者は数日で必ず死ぬと言われている危険な代物である。

 ただし、たった2人を除いて。


 一人は『辻斬り太刀花』こと橘 風歌。

 14歳という若さにして何百人もの人間を斬り、一流の剣士でさえ及ばぬ戦闘スキルを有する怪物。

 一度投獄されるも、黒鷲一派の手引きによって脱獄した凶悪犯である。


 そして、もう一人は……。





 街の郊外に位置する、とある山の奥で。

 ひっそりと建てられた一軒の小屋に、音也は訪れていた。


 年季の入った扉を叩こうと腕を上げた瞬間、予知していたかのように中から声が聞こえてくる。


 「入って良い」


 深く重い、海の底のような威圧感のある声色に音也は若干体を強張らせながら、扉を引いて小屋の中に入った。


 畳一面の狭い部屋の中に、壮年の男性が胡坐をかいて瞑想を行っている。

 その身に纏う緑色の甲冑姿は、まるで物々しさを得た亀のようだ。


 「話には聞いてるかもしれないっすけど……『辻斬り太刀花』が例の刀を奪おうとしてる。場所を移すために、アナタの力が必要なんすよ」

 「成程なるほどな。修行生活も、一旦は終わりか」


 音也の話を聞いた男はそう呟くと、静かに背を向けて鉄製の薬缶やかんを取り出し、前に広がっていた囲炉裏へ掛ける。

 彼こそが椿骸を操ることのできるもう一人の人物であり、『六牙将』の一人に当たる人物だ。

 名を錦馬にしきば 韓陽かんよう、通称『刀皇』。


 そして『辻斬り太刀花』を打ち倒し、刑務所送りにした張本人でもある。


 「それにしても……『辻斬り太刀花』って本当に強いんすか? 昨日戦ったんすけど、どうもアンタほどの人物を追い詰めた人間だとは思えないっす」

 

 音也は韓陽と向かい合う形で囲炉裏の前に腰を下ろし、薬缶に入っている湯が沸くのを待ちながらそう口にした。

 風歌と戦ってみた印象は『普通』。他のA級犯罪者と変わらぬ実力しか感じず、とても『六牙将』に迫る脅威だとは思えなかったのだ。


 「ふむ……」


 彼の言葉を聞いた韓陽は肯定することなく、かと言って否定することもない様子で静かに佇んでいる。

 薬缶が湯気を吐き出したのを確認した韓陽は、いつの間にか用意していた湯呑みに沸いた湯を注ぎながら口を開いた。

 

 「間違いではない。今の彼女は脱獄して間もない上、椿骸を失っているからな」


 緑茶の入った湯呑みを音也に手渡す。

 受け取った音也はほんの少しだけ茶を啜った後、さらに質問を行った。

 

 「椿骸って、そんなに凄い刀なんすか?」

 「凄い刀ではあるが、それ以上に彼女のやる気へ大きく影響していると思う。あの刀を握っている間はまるで別人のように強気な態度へと変貌し、明らかに動きのキレが増していた。」


 ブランクに加えて無意識なやる気の低下を起こしているだけであり、潜在能力自体は『六牙将』に迫るだろう。

 音也の質問にそう答えた韓陽は、自身の湯呑みへ注いだ緑茶を一飲みした後、真っ直ぐな視線で音也を見据えた。

 睨み付けているわけではないが、迫力のある視線である。


 「だからこそ、『辻斬り太刀花』へ椿骸を渡してはいけないのだ」

 

 椿骸が奪われれば、『六牙将』だろうと安心して戦うことはできない。

 彼女と実際に刀を交えた者として、韓陽はそう感じていたのである。

 


 

 


 


 黒鷲一派は風歌を手中に収めることで、ライバルである灯治衆に対して一気に有利な状況へ持ち込もうとしており、灯治衆はそれを食い止めようと動いているそうだ。

 だから風歌は健太郎たちと接触する前に灯治衆の忍に襲われたり、博物館を先回りで襲撃されて椿骸を狙われたのである。


 「だが、灯治衆は恐らく君と黒鷲一派とが繋がった事に気付いちゃあいない。気付いているなら、博物館に俺たちの襲撃予告を流すだけで良かったはずだからな」


 風歌が襲撃を行う可能性が予測できないからこそ、自分たちで襲撃を起こして椿骸の移動を確実なものとした。

 健太郎はそう読んでいる。


 「で、椿骸はどこに行ったの?」


 話を聞き飽きた風歌が口を挟んだ。

 彼女からすれば灯治衆も黒鷲一派も、その間に起きているいざこざだってどうでもいい。

 そんな意思を強く感じ取った春一郎が、一枚の紙を彼女に差し出した。


 住所と名前、そして何項目かに数字が書かれている。


 「そいつぁ名簿だ、灯治衆に加担している犯罪者共のな。まずはこいつらを全員倒して、情報を集めようじゃないか」


 春一郎は糸目を薄っすらと開け、普段の優しそうな表情からは想像もつかないほど悪意に満ちた顔を見せた。

 黒鷲一派の頭領として、十分すぎる迫力である。


 「まあ……こいつらも私を狙ってるんだし、どのみち殺す相手かぁ」


 正直面倒なことではあるが、風歌は以前灯治衆の忍に襲われた経験がある。

 また同じようなことをしてきてもおかしくない。だったら、こちらから乗り込んだ方が早いだろう。


 「分かった。こいつら全員、殺せばいいのね?」


 名簿を天井の光に当てて透かせながら、風歌は口の端を持ち上げて笑みを作った。





 

 街道沿いにそびえるビルの一室で、男の怒鳴り声が廊下まで響いている。

 

 「今月のノルマまで全然足りてへんやないかァ! 片っ端から電話かけて、はよぜにかき集めんかい!!」


 帳簿片手に必死な表情で電話をかけている部下たちを叱責しているのは、危険度『B』の犯罪者……『げんこつマムシ』こと掛本かけもとという名の男だ。

 大きなものを口に入れたまむしのように膨らんだ腹と、トサカの如く立ち上がったモヒカンが凶暴性をにじみ出している。


 彼は部下に厳しくしておきながら自分は偉そうに椅子の上でふんぞり返っており、やる気の全くない姿をしていた。

 だが、そんな事務所内の空気が突如として一変する。


 破砕音が部屋内を揺らし、入口の扉が吹き飛んだ。

 部屋内に突っ込んできた扉が家具を巻き込み、舞い上がる埃と共に何かが割れた甲高い音を響かせる。


 厳しく命令されていた部下たちも思わず手を止めるほどの爆音を上げて入口に現れたのは、前蹴りで扉をぶち破った風歌だった。


 抜いた拳銃を一斉に向けるが、手前に立っていた数名の部下が一瞬にして手首を斬り飛ばされてしまう。


 「っ『辻斬り太刀花』ァ!? 嘘やろ……!?」

 「どうも~。皆殺しに来たよ」


 突然の殴り込みに焦りを見せる掛本へ、風歌は血の滴る滑轆轤すべりろくろを肩に担いで気さくに挨拶した。


 部下たちが銃のトリガーへ指をかけるよりも早く、手前の応接間に置かれてあった長机を蹴り上げる。

 一斉に放たれた銃弾を机の面で受け止めた後、そのまま肩で押して机ごと突撃した。

 

 途中で横に飛ぶことで構成員達に肉薄し、焦る構成員の喉元へ容赦なく刀を突き通す。

 千切るように振ることで鮮血をもう一人の顔面に飛ばし、視界を奪って頭を掴んだ。

 そのまま足を滑らせて背後に回り、再度周囲が放った銃弾から身を守る肉壁として使用する。

 穴だらけになった構成員は、当然生きられない。


 「お、いいね」


 肉壁を捨てる際、風歌は彼が持っていた拳銃に目を付けた。

 手首を切断して強引に奪い取ると、何の躊躇もなく発砲する。


 破裂音と金属音の混じった独特な音色が3発鳴ると、部屋の反対側に立っていた構成員のうち2名が倒れた。

 一人は胸部、もう一人は脚に当たったようである。


 発砲の反動で起き上がった腕を下ろすと同時に低い姿勢を取り、刀を払って近くへ迫っていた構成員の足首を斬り飛ばす。

 足を失って慣性のまま前へ飛ぶ構成員の背中に、2発の弾丸をお見舞いした。


 拳銃を雑に捨てると、反対側に向かって床を蹴る。

 滑り込みながら刀で銃弾を弾き、踏み込んで放った返しの一振りで構成員の内臓を引きずり出した。

 もう一人が構えた銃をハイキックで叩き落とすと、即座に胸部へ突きを放つ。


 受け止めようとした手のひらごと胸を貫通させ、血しぶきが激しく飛んだ。

 刀を引き抜いて立ったままの死体を足で押すことにより、構成員最後の一名を床へ伏せさせる。


 「んなっ……」


 残っているのは掛本と風歌のみ。

 ゆっくりとこちらへ視線を向ける風歌に対して、掛本は恐怖以外の感情を抱くことを許されなかった。

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