第9話 あやかし見惚れし骸太刀

 警備を倒し、『椿骸』が展示されている場所へようやく来た忍者隊が見たものは、空のガラスケースだった。

 何故かは分からないが、『椿骸』は既に展示から外されていたのである。


 『椿骸』を奪うという当初の作戦は失敗。

 損失を抑えるべく、健太郎は撤退の判断を下したのだ。




 天井から降り立った健太郎が音也の突きを回避すると同時に、その顔面に向かって『何か』を放り投げる。

 すぐさま足を引いた音也が『何か』を弾いた途端、黒い煙が周囲を包み込んだ。


 「『煙玉』かい」

 「いいや、違うぜ!」


 音也の推測を、健太郎が否定したその瞬間。

 黒い煙のあちこちから高い音が響いたかと思えば、弾けるような爆発が連続して起こった。


 「なに……ッ!?」


 暗い煙に囲まれた状態から、爆竹の如き連続の閃光に襲われる。

 全方位から襲い掛かるその眩しさと熱量に、音也は一瞬の怯みを見せてしまった。


 「『焙烙玉ほうろくだま』か!!」

 

 焙烙玉。

 陶器や焼き物に火薬を詰め、導火線を繋いで投擲することによって手榴弾のような攻撃を行う爆発物である。


 「ちいっ!」


 音也は槍を振り回してすぐさま煙を散らし、既に遠くまで走っていた風歌達の背中を追うべく足を踏み出した。


 だが、彼はすぐさまその足を止めて振り返る。

 

 何故なら、博物館のホールに敷かれてあるカーペットが燃え始めていたからだ。

 焙烙玉は手榴弾よりも爆発力に劣るが、そのぶん多くの火の粉を散らすことで火災を誘発させる焼夷弾のような性能を持っている。

 音也の役目は『博物館の守護』。風歌達を追って火事にでもなってしまえば、意味が無いだろう。


 音也は槍を払った際に発生する風圧で、あちこちに散った火を消していく。

 忍者達に荒らされた挙句、長槍を振り回したことで周囲の展示品が大変な有様になっていた。

 原型の分からない土色の欠片や、どこの部分なのか分からない何かのパーツがガラス片と共に散乱している。


 「あーあ……どう説明すっかねぇ」


 全ての火が消え、再び静寂に包まれた博物館の中で。

 音也は頭を掻いてため息を吐いた。


 



 

 風歌、沙也、健太郎の三人が飛び込むと同時に車が走り出す。

 

 「『椿骸』がここにあるって言ってたじゃない」

 「そのはずだったんだ。3日前には『椿骸』があることを確認してたし、間違いはねえ。」

 「とりあえず、今回は撤退ね~……」


 憤慨する風歌、困惑する健太郎、諦める沙也を乗せたミニバンは、どこからともなく響くサイレンの音から隠れるように、夜の街を疾走した。


 


 


 陽が昇り、次の日が訪れる。

 開館時間をとうに過ぎている鰯真壁博物館の周辺には、大量の警察官とパトロールカーが停まっていた。

 

 館内のあちこちをカメラのフラッシュが通り、警察官や鑑識官たちが慌ただしく駆け巡る様子を、音也は中央ホールのど真ん中でのんびりと眺めている。

 そんな彼の元に、一人の人物が現れた。


 「よ! ……こりゃまた、派手にやったねぇ」


 片手を上げて気さくに挨拶を飛ばしたのは、『稲火狩りいなびかり』こと神楽。

 彼女の姿を見た音也はへらへらした笑みを浮かべ、彼女に歩みを寄せる。


 「けど、椿骸は無事っすよ。隠しておいて正解でしたね」

 「こうも襲撃されるなんてなぁ。『辻斬り太刀花』が脱獄した時点で、想定しておくべきだった」


 他の武器ならまだしも、椿骸だけは決して奪われてはいけない理由があるのだ。

 それは単に、椿骸が数少ない大業物の一刀だからという理由だけではない。


 「場所を移すことになったらしいぜ。『辻斬り太刀花』が出た以上、呑気に展示なんてやってられねえとよ」

 「じゃ、『刀皇とうおう』を呼ぶって事っすか」

 「ああ」


 音也の発した単語に、神楽が頷く。


 「つーわけで、『刀皇』に話付けといてくれ。本部に来るよう言ってくれって言われたんだ」

 「え、俺が言うんすか……」


 恐らく、神楽が任された任務なのだろう。

 しかし神楽は面倒くさがりな面が強く、後輩である音也によく仕事を押し付ける癖があるのだ。

 

 「もし正義というものが擬人化すれば、仕事をした人間の翌日は休みにしてくれると思うんすがね」

 「うるせぇ、半端な仕事しやがって。結局色んなモノ盗られてるじゃねーか」

 「神楽さんが仕事を語れる立場っすか? ……ま、モノ盗られたのは事実だし、『刀皇』の所へ行ってきますわ」


 折れた音也がため息交じりにそう答えると、神楽の脇を通り抜けてその場を後にした。

 『刀皇』は六牙将のうちの一人。


 風歌を除いて、椿骸を操ることのできる人物なのである。



 



 一方、風歌達は春一郎の屋敷に集まっていた。

 風歌が縁側でのんびりと寝転がっている間に、春一郎へ健太郎、そして沙也の2人が事の顛末を語る。


 「椿骸は無い、と。間違いないのか」

 「ええ。ガラスケースに損傷はなく、誰かが奪ったという形跡もありませんでした」

 「失礼します!」


 そんな中、五月蠅うるさい足音を上げて部屋までやってきた者がいた。

 障子を開けると、黒鷲一派の構成員が跪いている。


 「警察に潜入している者から情報がありました。我々が博物館を襲撃する前日に、何者かによる同様の襲撃があったそうです」

 「なんだと……?」


 何者かによる同様の襲撃。曰く、今回の襲撃が発生するまでは隠し通そうとしていたらしい。

 それを聞いた春一郎の頭には、1つの可能性がよぎっていた。

 彼の意図を汲んだ健太郎が静かに席を立ち、部屋を出てすぐの縁側でごろごろしていた風歌の元へ向かう。

 

 「なあ『太刀花』。一つだけ、聞きたいことがあるんだが」

 「何?」


 声を潜ませながらやってきた健太郎に、風歌は寝転がりながら応対する。

 健太郎は春一郎の頭にあった『可能性』を、単刀直入に尋ねた。


 「もしかしてよぉ……黒鷲一派以外の忍者に、会ったことあるか?」

 「この前会ったよ」


 すまし顔の風歌が発した回答を聞いて、健太郎は思わず額を抑えて天を仰いでしまう。

 やはりだ。

 襲撃者は十中八九、『灯治衆』の忍だろう。




 部屋に呼ばれた風歌は、緑茶をすすりながら春一郎の話を聞いていた。

 

 「灯治衆は、黒鷲一派のいわばライバル関係にある」


 灯治衆と、黒鷲一派。

 同じ忍者でありながら、彼らはこの街の裏の覇権争いをしている者同士なのである。

 互いに睨み合う状態だったのだが、『辻斬り太刀花の脱獄』という一大ニュースが、その均衡を揺るがすこととなったのだ。


 橘 風歌は危険度『A』の犯罪者の中でも別格。

 『妖刀 椿骸』を操ることのできる、ただ一人の人物だからである。

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