第8話 忍三重龍の舞
風歌が『黒鷲一派』に協力を表明してから数度の夜が過ぎた。
『椿骸』の保存されている
黒い忍装束を纏った健太郎が、バンの中で風歌と沙也に最終確認をした。
「作戦は覚えてるな? 裏口から入って、お前らは『千変武龍』と戦う。その間に俺達がここの武器を回収し、『椿骸』をそっちへ届けに行く。『椿骸』がありゃあ、『六牙将』だって倒せるだろ?」
「その格好でも、サングラスは着けたままなのね」
目元以外を隠す忍装束の上から目を隠すサングラスをかけているという、ヘンテコ極まりない健太郎の格好のせいで話が頭に入ってこない。
「全部黒くて見られにくいだろ? 合理的な格好なんだよ」
強引な理論で沙也の突っ込みを流した後、風歌の前に一振りの刀を置いた。
土色の鞘が、月の光を反射して光っている。
「業物『
いきなり抜刀した風歌の危なっかしさへ慌てる健太郎をよそに、風歌は滑轆轤の刃を眺めてニヤリと笑みを浮かべた。
「いいね。やる気出てきた」
風歌は刀を納め、ミニバンの扉を開ける。
出陣だ。
月の明りだけが薄く差し込む、暗い館内で。
ホールのど真ん中に胡坐をかいて眠りこけている、一人の男がいた。
「……」
簡素な紺色の防具を身に纏い、その頭には細い鉢巻きが巻かれている。
眠っていても良く分かる整った顔立ちは、静止画のように動かない。
そして何より目を引くのは、その膝元に抱えられた立派な長槍の存在だ。
180はあるであろう彼の身長を遥かに超える槍の存在感は、所有者である彼が
見回りもせずにただ眠りこけている彼の名は、
各地の武具が納められたこの鰯真壁博物館を守護する、『六牙将』の一人……。
通称、『千変武龍』だ。
彼自身も展示品の一部かと思うほど微動だにしていなかった頭が、僅かに傾きを見せる。
耳が一度跳ね、薄らと片目を見開いた。
「……ほぉ?」
堂々と現れた侵入者の『音』に、音也は口角を持ち上げて槍を握る。
侵入者は何度か捕らえたことがあったが、ここまで堂々としている相手は初めてだ。
絨毯を踏む柔らかい音が2つ近付いてくる。
片方は着物姿の少女……風歌。
もう片方は沙也のものだった。
風歌は右手に滑轆轤を、沙也は両手に鉄の
両者から放たれる凄まじい殺意が、向かい風のように押し寄せている。
静かながら圧倒的なその迫力には、流石の『千変武龍』にも緊張が走った。
「2対1かい。女の子2人に迫られるなんて、殺意さえなけりゃ最高だったんだけどねぇ」
立ち上がった音也が長槍を構えると、合わせて風歌たちも構えを取る。
一呼吸の静寂が走った後、音也が動いた。
「はあっ!」
長槍によるリーチを生かした薙ぎ払いが、風歌の側方より襲い掛かる。
風歌は刀でそれを弾くが、あまりの威力に手先が痺れを発生させた。
重い。
手先の痺れへ意識が移った一瞬の間に、音也が腰を落として槍を引く。
斜めに斬り上げる形で沙也の鉤爪を弾いた後、一回転して槍を叩きつけた。
その衝撃に近くのガラスケースがひびを生み、中に納められてあった展示物が撒き散らされてしまう。
踏み込んだ沙也の鉤爪を槍の柄で受け止めると、逆に足を出して鍔迫り合いに持ち込んだ。
自動車でも乗せられているかのような重圧に、鉤爪が甲高い悲鳴を上げる。
「そんなに暴れると、守るはずの展示品を壊しちゃうわよ?」
「俺が暴れたくらいで壊れるような
啖呵を切った音也は槍を切り返すと同時に半身を向け、沙也の腹部に蹴りを放った。
ボールのぶつかるような軽やかな音に反して、沙也の体は凄まじい勢いで後方まで吹き飛んでしまう。
吹き飛んでいった沙也から即座に視線を外すと、迫ってくる風歌へ斜め方向からの斬撃を放った。
風歌は火花を散らして斬撃を弾くと、踏み込んで音也に肉薄する。
音也は彼女が放つ袈裟斬りを柄で防ぎ、巧みに槍を回転させることで続く横一閃を弾いた。
続けて攻撃を放とうとした風歌だったが、音也の左手が行った不審な動きに刀を引く。
直後、音也の放った『短剣』による突きを、風歌は目の前ギリギリでガードした。
「お利口だね。今のに気付いたか」
「危な……っ!」
咄嗟に出た防御が的中したことに呼吸を荒げる。
音也は長槍の影に隠れて腰に備えていた短剣を抜き、
短剣を弾いて下がろうとする風歌に、今度は右手の長槍が襲いかかる。
それを受け止めた隙にまた踏み込まれて短剣を放たれ、呼吸さえも許されない。
風歌は目を見開いて歯を食いしばり、焦りを隠しきれない表情を見せていた。
早く『椿骸』を持ってきてよ。
そうすれば、こいつをたたっ斬れるのに。
風歌は音也の槍による刺突を弾くと、床を踏んで高く飛ぶ。
空中から叩きつけるような斬撃を放って音也に防御を強要させた後、着地と同時に懐へ踏み込んで畳みかけた。
矢継ぎ早に繰り出される刀を短剣で捌きながら、音也は右手に握られた槍を振り回して反撃する。
甲高い音を立てて数合の打ち合いを行ったその時、音也の耳に金属の擦れる音が届いた。
「!」
背後から現れた沙也による挟撃を、ほとんど見ることもなく石突の部分で受け止める。
槍を振り回して風歌と沙也を同時に弾き飛ばした後、槍を担いで視線だけを沙也の方へ向けた。
鋭さの中に柔らかさを備えた、挑発的な目を向けて口を開く。
「『奥の手』は使わねぇのかい」
「後が無いときに使うから『奥の手』なのよ。使わないってことは、そういうこと」
ウインクで気さくに返した沙也は踵に力を込め、鋭い鉤爪の突きを放った。
彼女が繰り出す吹雪のような連撃を、音也は石突を使って的確に流していく。
だが、音也はその攻撃に僅かな『違和感』を感じ取っていた。
自分の安全を優先した立ち回りというか、肉を切らせて骨を断つような尖った殺意が見えないのである。
そしてその理由は、すぐに判明した。
「ッ!」
風歌と沙也の攻撃を同時に弾いた音也が、横方向に転回してその場を離れる。
コンマ数秒の差で、彼が先ほど立っていた場所に2本の手裏剣が刺さった。
頭上から飛んできた手裏剣を確認した風歌と沙也が顔を上げると、天井に黒い物体が
館内の僅かな照明に反射したサングラスが、健太郎であることを示していた。
武器を回収していた、健太郎の忍者隊が戻ってきたのである。
ここで風歌が健太郎の回収した『椿骸』を受け取り、音也を倒す。
その算段だったはずなのだが、健太郎が発した一言でそれはひっくり返った。
「ずらかるぞ! 『椿骸』は無かった!」
風歌の愛刀であり、今回の作戦の切り札であった『椿骸』。
この博物館にあるはずだったそれが、姿を消していたのである。
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