ねえねえ、先輩ってば

紫鳥コウ

ねえねえ、先輩ってば

 今年は「過去一」で忙しくなる。

 頭では分かっていたけど、実感がわくと緊張する。

 でも、「やってやるぞ!」という気持ちもある。

 と同時に、昨年の研究報告会で、ボコボコにされた記憶がよみがえる。

「遊びみたいな研究」と言われたときは、悔しくて泣きそうになった。

「まだもう一年あるんだから、切りかえていきな」と言ってくれたのは、わたしよりもけちょんけちょんに言われていた、先輩だった。

「おもしろい研究だと思うよ。でも、こういう研究って、うちではなかなか受け入れられないんだよね。相手にしてくれるのは、数人くらいだよ」

 すっかり落ちこんで自信をなくしていたわたしを、先輩は、「ふたりだけの反省会」という名目で食事に誘ってくれた。

「哲学なり思想なりを使って、繊細な問題を分析していると、ああ思われちゃうんだよね。でも、ぼくたちのしていることは、可能性にあふれていると信じてる」

 そんな先輩は、家庭の事情で、実家に帰ることになってしまった。自主退学すると言っていた。

 この一年を、先輩なしで過ごすのは心細かった。

 でも、「先輩の分もがんばらなきゃ!」と気持ちを奮い立たせて、入学式の前日から研究室にきた。

 すると、先輩の机の上はまったく片付いていなかった。そこに先輩が座っていてもおかしくないくらいに。

 不思議な気持ちのなか史料を読んでいると、急に先輩が姿を見せた。

「実家に戻ってたから片付けにこれなくてさ。もう中退するってのに」


「混む前に行こう」

 先輩は学食に連れていってくれた。

 会話はまったく弾まない。退学、という言葉が出るたびに、わたしは子供みたいに不機嫌になった。

 研究室に戻ると、1時頃だった。

「新入りがくるみたいだけど、この席は死守しといて」

 先輩は、本をバッグに詰めながらそう言った。

「えっ……辞めるんじゃないんですか」

「ふふん、籍だけ残すことにしたんだよ、休学ってことにして」

 なにが、「サプライズ!」だ。

 退学しないって、はじめから言ってくれればいいのに。

「あっ、研究報告会には来るから。なんの進展もなかったら怒るからな。がんばれよ」

 今日、わたしに会ってしまったのは、誤算だったんだろうな。

「じゃあ、お別れの日に渡したハンカチを返してくださいよ」

 先輩なのに、そんな意地悪を言えてしまえる関係。

「なら、机の上に置いとくな。ぼくの席だっていうしるし」

「あっ、使ってくれてたんですね。アイロンが下手なのも、ポイントが高めです」

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