後のハート弁当事件である

「おい悠斗ゆうと。可愛い妹ちゃんが呼んでるぞ!」


 そう言って、いやーん本の元凶こと伊瀬康介いせこうすけは俺の席へやってきた。

 奴が指差した方を見ると確かにはるかがこっちに手を振っている。

 心なしかざわつく周囲。

 上級生の教室にまで何の用があるのやら。俺はそう考えながら向かっていく。


「どうしたんだ遥?」

「兄さん、お弁当を忘れていましたので」

「ああ……そうだったのか。わざわざありがとな」

「いえ。う、泥棒猫と目が合いました……それでは私はこれで」


 彼女にしては手短にそそくさと去っていった。

 そうしてその後すぐに授業が始まったわけだ。


「悠斗悠斗、どっちがひーちゃんの真似うまくできるか勝負しよ!」


 相変わらず隣の席のひいらぎあいはちょっかいを掛けてくる。

 ちなみにひーちゃんというのは担任教師の加藤ひかり。華の独身街道まっしぐらなアラサー酒豪だ。


「ふざけんなコラ。そもそも俺が女の物真似できるわけないだろ」

「何事もやってみなくてはわからないわ。さ……少年?」

「重ね重ねやかましいわ。それ何キャラだよ」

「え、ご存知ないんですか!」


「はいそこの二人。仲の良さはよーくわかったから、いちゃいちゃは授業後にしてね~」


 あえなくその当人に見つかってしまい、俺は今日も巻き添えでお叱りを喰らう羽目になった。


『あ、そうでした。お弁当、できるだけ多くのお友達と頂いてくださいね』


 そういえば遥は去り際に意味深な発言をしていた。だが、普段から変な事ばかり口にしてるわけで別段気にしなくてもいいだろう。


「で、悠斗よ。どうなんだ?」


 昼休みになると、購買から帰って来た康介が俺の席の前に座る。

 手にはいつものカレーパンと牛乳。相変わらず偏った食事をしているようだ。


「どうって?」

「とぼけやがってよぉ。遥ちゃんの事だよ!」

「は? 俺の妹がどうしたって言うんだ」

「お前さ~、元は赤の他人だったんだろ? そんで突然家族です妹ですって言われてすぐに順応できるかって話よ。ただでさえ遥ちゃんは可愛い女の子だぞ?」


 目まぐるしく鬱陶しいくらいの身振り手振りがこの康介の特徴だ。


「まあ、確かに可愛いな。そのせいで親父にも早まるなと言われてる」

「だろ? 普通なら何かがあってもおかしくないわけよ! で、どうなんだ?」

「何を期待してるんだ。ただ、向こうがやたらとちょっかい掛けてくるくらいだよ」

「うわ、遥ちゃんかわいそ。ありとあらゆるフラグをバキバキに折りまくってそうだな。もしかして悠斗って修行僧か何か? そんで前世はヤギ?」

「言ってろアホ」


「やあやあ。二人とも何の話してるの?」


 で、すぐに首を突っ込んでくるのがこの幼馴染だ。

 彼女の前世は確実に猪だろう。


「あい、お前が来ると余計ややこしくなるんだよ。どこかへ行ってくれ」

「ひっど。それってこの可愛い幼馴染に対して言うセリフ?」

「この間みたいな事になるから本当やめてくれ」

「あー、いやーんでいかがわしいあれね!」


 はいはいうんうんとあいは頷いている。


「おい、声がでかいんだよお前は! あとあれは全部康介こいつの私物で俺んじゃない!」

「お、おお……そうなんだ? まあね、私もそうじゃないかって思ってたところ!」

「まったく。調子のいい事で」


 と言いながら弁当箱を開けたまではよかった。

 だが直後、何か見えてはいけないものが目に入った気がしてすぐに閉じた。


「固まっちゃって、どしたの悠斗。私が食べさせてあげようか?」


 あいがじーっと俺の様子を見ていた。


「いや、自分で食べれるよ」


 さっきのは気のせいだったかもしれない。そう思い直して勢いよくオープン。


「うっわー……。え、うそ。これ誰から貰ったの!?」


 あいの声が響く中、俺の視界にはハート型のオムライスが一つ。おまけにケチャップでLOVEと描かれている。

 大声のせいで俺はあからさまに周囲の注目を集めてしまっている。


「間違いなく遥の悪戯だ」

「遥ちゃんもやるなぁ……。ううむ……!」


 私も頑張らなくちゃなどと言いながら、あいは友達から呼ばれ教室を出ていった。


「で、康介はなんであいが来ると静かになるんだよ。一言くらい喋ったらどうなんだ?」


 目が合わず挙動不審。

 押し黙っていた悪友に視線を向けるとやはり様子がおかしい。


「そ、そんな事ねーし。あーあー。いいからさっさとそれ食っちまえよこのリア充! そしてもげて大きく爆ぜろ」

「言われなくても食うよ」


 ハートはともかく、遥は料理が得意なようで俺の好みをわかっているかのような味付けをしてくる。

 つまり、俺は美味すぎるあまり全部平らげてしまうのだ。

 そんなわけで昼が終わり、そこからはあっという間に時間が過ぎていった。



「遥よ、座りなさい」

「はいただいま」

「だからナチュラルに膝に乗ろうとするな」

「あれ、違いましたか……」


 お決まりのやり取りはともかくだ。


「今日の弁当だが……さすがにハートはやめてくれないか?」

「皆さんには見て貰えましたか?」

「ああ、バッチリな……」

「それは困りましたね」


 ニタァ……。

 まったく悪い顔だ。

 ドッキリ大成功! とでも言いたいのだろう。遥は悪戯っ子と呼ぶには凶悪すぎる表情を浮かべている。


「では次からは作らない方がいいですか?」

「いや、これからは普通にしてくれると嬉しいんだ。せっかく美味しく作れてるんだからもったいないぞ」

「兄さんは私のお弁当、好きですか?」

「ああ。遥の弁当は好きだ」


 そう答えたあと、何かを考えているのか唐突に間が開いた。


「私と私の作るお弁当だと、どちらがより好きですか?」

「それはどんな質問だよ」

「いいから、どちらですか? はやく答えてください……!」


 ぐいっと近づいてきて相変わらず圧が強い。

 ここで弁当と答えると確実にいじける。

 遥と答えると今後弁当は出てこなくなるだろう。

 ならば取るべき答えは一つのみ。


「言わせるな。どっちもに決まってるだろう!」

「ふ、ふふふ……次回からも期待していてくださいね。愛妻弁当」


 そう呟きながら遥は自分の部屋へと戻っていった。

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