妹とデートする兄がいるってマジ?
「え、あの本は兄さんのものではなかったんですか?」
俺は今
それはなにやらいい香りのする、ピンク色を基調とした可愛らしい空間。
隣に位置する俺の部屋とはまさに異世界別次元だ。なるほど、これがいわゆる女子の部屋というものか。
小さなテーブルの真向かいには遥がいて、フローリングに敷かれたやたらともこもことしたカーペットの上に俺達は座っている。
「ああ、そういう事なんだ。だから今すぐ返してもらえないか?」
「そう言ってただ読みたいだけ。兄さんは夜な夜なこっそりと楽しむつもりなのでは……?」
このけだものが。
彼女からの疑うような視線が槍となって突き刺さる。
状況的に確かにそう思われても仕方のないところだ。
「わかった。じゃあ交換条件を出そうじゃないか。一日だけ何でも遥の言う事を聞」
「私とデートしてください」
早押しクイズを
「デートか。その言い方は正直どうかと思うんだが……。まあ一緒に出かけるくらいならお安い御用だ」
「
と言って遥はどこからともなくボイスレコーダーを取り出した。
「待て待て、そこまでしなくてもちゃんと付き合うって」
「ではこれは消去しておきます。見たい映画があるので次の日曜はまるまる一日空けておいてください」
「ああ、了解した」
これで取り戻せるのなら容易い条件だ。
安堵した俺は彼女の部屋を出ていくと一息をつく。
そのすぐあと、ドタンバタンと音がして遥の甲高い叫び声が聞こえてきた。
だが触らぬ妹に祟りなし。俺はそのまま自分の部屋へと戻った。
遥による日ごとの襲来はあるのだが、それは些細な出来事と言えるものだ。特にこれといった事件なく過ぎていき土曜となった。
夜十二時、明日に備えて俺はいつもより早めに寝る事にした。
「兄さん」
暗闇の中、気付くと何かが聞こえる。
「聞こえていますか」
耳元で誰か囁いている。
「ふーっ」
耳に生暖かい風が吹きつけられると、俺は飛び起きてライトを点ける。
「おい遥、なんでここにいる。それに今何時だと思ってるんだ?」
「ごめんなさい。なかなか寝付けなくて……」
時計を見ればまだ深夜の二時。
髪を下ろしたパジャマ姿の遥が俺の顔を覗き込んでいた。
「だからって起こすか普通?」
「朝までここでお世話になろうかと思い立ったのですが、さすがに無断なのはどうかと」
「お世話ってなんだ……?」
「場所を少し空けてください。こういう事です」
彼女はごろんと俺の寝ているベッドへと転がり込んでくる。
「お前なぁ」
「だめですか?」
首を傾けてじーっと見つめる遥。
彼女のしつこさから考えると、ここで断ると朝まで寝かせてもらえない可能性は高いだろう。
そしてなにより、今ほどよく眠気がある事もあってあまり頭が働かない。
「好きにしてくれ。ただし絶対に起こさないと約束できるか?」
「ありがとうございます」
ライトを消すと、すぐに遥は手を握ってきた。
伝わる暖かくて柔らかな感触。
すうすうと聞こえる息遣いを耳にしながら、気付けば俺は眠っていた。
「兄さん、朝ですよ」
その声が聞こえると目を覚ました。俺の腕を枕代わりにして遥がじっと見ている。
「ん……。ああ、おはよう」
「なんだか、恋人同士が一夜を共にした感じがしています。兄さんはどうですか?」
「ったく、朝から何言ってんだか。映画の時間早いんだろ?」
言ってベッドから体を起こすと、遥がぐいぐいと袖を掴んでくる。
「そういうところですよ。兄さんがもてないのは」
「あーはいはい、余計なお世話だ」
「あ、今わかりやすく怒りましたね? でもいいんですよ。兄さんはそのままで全然問題ないです」
「何か小馬鹿にされたような気がする……。まあいいや、とにかく支度を始めるとするか」
そんなわけで映画館へとやって来たのだが、思った以上に混んでいる。
キャラメルポップコーンとコーラを両手に抱え、わくわくとする遥の何と無邪気な事か。
いや、それ以上に厄介なのはこいつだ。
「遥よ。何を隠そう俺はホラーが大の苦手なんだ……」
「へー、知りませんでした。でも今日は何でも言う事聞いてくれるんですよね?」
「ああ、男に二言はない。行こう……」
テンションがガタ落ちする中、俺は決死の覚悟で死地へと旅立つのであった。
辺りが暗くなると同時に俺の心拍数も急上昇していく。
確かにスプラッターでありグロテクスな内容ではある。
だが、ここで問題だったのは映画自体ではなかった。
例えば周囲がざわつくようなシーンに遭遇したとする。
すると、「キャー」「コワイ」などのような棒読みセリフとともに隣から手が伸びてきて俺の腕に抱きついてくる。それはもちろん遥であり、意味ありげにちらっと俺の方を見てくるのだ。
これが何度も繰り返される事もあって、幸か不幸か映画どころではなくなってしまった。
要するに、一番のホラーは妹だったというオチだ。
「はぁー、とても怖かったですね」
彼女は一仕事終えたかのような顔をしている。
「ああ、そうだな……」
遥に連れられるままにファンシーなおしゃれカフェに来てしまった。
周囲はほとんど女性ばかりで落ち着かない。こんなところ来た事もなければ今後行く事もないだろう。
彼女のお勧めだというオムライス二皿が目の前に置かれた。どうやらそれぞれに味が違うもののようだ。
「さあいただきましょう」
「あ、うまいなコレ。ふーむ、隠し味はあれか……?」
「気に入ってもらえたようでよかったです」
などと、ここは平穏に食事だけで終われそうだ。
「はい、兄さん。あーん」
差し出されたスプーン。
気のせいだろうか、俺の心の『何事もないはずメーター』は振り切れてしまっている。
「あーんってなんだよ」
「知らないんですか。あーんはあーんですよ?」
はい、とそれはさらに目の前までやってきた。
「さすがにそこまではできないぞ?」
「残念です。あの本は二度と帰ってこないかもしれませんね……」
冷ややかな視線を彼女から浴びて理解した。
俺はさながら映画のワンシーンのように銃口を突きつけられているのだ。
「わかったよ」
恥を捨ててぱくっと食べる。
「兄さんのもください」
同じように食べさせてやる。
「本当に美味しいですね」
天に召されてしまうかのような表情を浮かべ、彼女は嬉しそうにしている。
機嫌はよくなったようだし本も返ってくる。これはWin-Winというやつだろう。
そうして帰宅したのは夕方頃になる。
そのまま遥から本を受け取って部屋に戻ってきたところだ。
「兄さんも健全な男性ですもんね。仕方がないので、またそういった本を借りてきても構いませんよ」
などと遥はにっこにことしながら言っていた。
次は何をお願いされるかわからないから怖い。いやーんな取引はしばらく控える事にしよう。
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