俺の妹が眼球を押し込むはずがない(物理)
「だーれだ?」
日曜の穏やかな昼下がり。
リビングでテレビを見ていると唐突に視界を塞がれたわけだ。
それは俺がこれまでに経験した事のない、恋人同士がしそうなシチュエーションそのものだ。
だが、どうやらそれは淡い夢の中の話だったようだ。
現に俺は背後から強い力で眼球を押し込まれている。
「うおおおぉい、目玉が
「やっぱり、兄さんは私の事がわかるんですね……!」
眼球から手が離れ振り返ると彼女はガッツポーズをしていた。
危うく俺の両目はスクランブルエッグになるところだったというのに。
やった、じゃないんだよ。
「こんな事するのはお前くらいしかいないだろ。ところでだな、お兄ちゃんから大事なお話があります。さあここに座りなさい」
ソファーに来るように促すと、彼女はちょこんと腰掛けた。
「兄さん、それでお話とはなんでしょう?」
「誰が俺の膝の上に乗っかれと言った」
「あれ、違いましたか……」
彼女はすすすと隣にずれていく。
「今みたいなのもそうなんだが、遥はスキンシップが過ぎるぞ。今後好きでもない男を勘違いさせてしまう可能性がある。だからな、そのあたりはしっかりと自覚して欲しいんだ」
今俺は兄として当然の事を言った。これに関しては揺るがない自信がある。
「それでは質問します。兄さん、私が男性を勘違いさせると何が起こるんですか?」
「そうだな……。そう、押し倒されたりするんじゃないか? とにかく、とにかくけしからん展開になるのは間違いないだろうよ!」
すまん、言った手前経験のない俺にもよくわからん。
「なるほど。とにかくけしからんのですね」
不甲斐ないこの兄に向けて遥は小さく頷いている。本当にすまない。だがどうやら俺の言わんとする事が伝わったようだ。
「別に遥を責めてるわけじゃない。これから気をつけてくれればいいんだ」
「わかっています。兄さん、私の心配をしてくれてありがとうございます」
にっこりー。
このように普通に笑えれば遥には可愛げがある。
そんな感じで俺達の物語は解決編へと至るはずだった。
だがテレビを見て笑っていると遥は俺の方に寄りかかり、ついには膝を枕にするように横になってしまったではないか。
「遥さん、さっきの話聞いてたよね? おい……おい?」
どうやら彼女は寝てしまったようだ。
仕方がない。起きるまでこのままでいるとしよう。
そうしていると、ピンポンピンポン。
ピポ、ピポピポ、ピポピポピポピポピポピポピポ!
誰だ、人ん
これはまさしく決して許されざる
「なんだお前かよ。どこの子供の悪戯かと思ったぞ」
ドアを開けると茶色がかった長い髪が風で揺れている。
そこにはもちろん
「
「あれには事情があると言ったろ。まあそれはともかく、あのドロップキックで一件落着したじゃないか。もしかしてまだ蹴り足りないのか?」
「よくよく考えたら、あれはやりすぎたかなーって思ったの! だから一応謝ろうと思ってさ」
彼女は言いながら、横に一回転してするりとスムーズに家に侵入していく。
この者、なかなかの手だれである。
「あ、待てこら。まだ入っていいとは言ってないぞ!」
「まあまあ。可愛い幼馴染が家にあがりこむイベントなんて、そうそうないんじゃない?」
彼女は確かに、目鼻立ちもよく可愛いのかもしれないが自分で言うなという話だ。
引き止めるのを諦めてそのままリビングまで追いかけていくと、寝ていたはずの遥の姿がどこにもなかった。
「久しぶりに来たけど、相変わらず片付いてるね~」
とか何とか言って、あいはあちこちを物色している。
泥棒の下見をしにきたのかと思うくらいに入念。
俺はそんなお気楽な事を思っていた。
「泥棒」
突然遥の声が聞こえてきて、辺りを見回すと冷蔵庫の物陰に彼女は潜んでいた。
あいもその姿に気付いたらしくこんにちはと近づいていく。
「あなたが噂の妹ちゃんだね。いやー、聞いてたとおり
「泥棒猫さんですよね。お噂はかねがね。いつも兄さんがお世話になっているようですが、私の方があなた以上に兄さんからお世話をされています」
ドヤァ……っ!
そういった風情の表情を見せたあと、
「悠斗……」
これどういう状況なんだろ? と言わんばかりの視線をあいから感じる。
よくわからんと首を横に振って返すと、彼女は何かをリセットしようと「まあとにかくよろしくね!」と大声をあげた。
さすがはメンタルの強者。
俺には到底真似のできない立ち回り方だ。
「さーてお次は悠斗のお部屋チェックをするよー。探検隊長柊あい、張り切ってまいります!」
泥棒猫との愛称を貰ったあいが何か変な事を言い出した。
「しなくていい。そこの菓子を好きなだけやるからさっさと帰ってくれ」
「遥ちゃんも、お兄ちゃんが何か隠し事してないか気になるよね?」
「野良猫にしてはいい事を言いますね……」
あいの言葉を聞いて俺の後ろに隠れていた遥が頷いた。
これはまずい流れになりそうだ。
すぐに俺は二階の自分の部屋へと急ぐが、あいに先回りをされてしまった。さすがに陸上部に足で勝てるはずがない。
そんなわけで俺の部屋は二人に占拠される事になった。
まあ、アレはそうそう見つかりはしないはずだ。
ここは一つどっしりと構え余裕のあるところを見せておこう。
「お、ベッドの下に何かあるー! あれなんだろう?」
あいに速攻で見破られてしまった。
はやくも前言撤回だ。なりふり構っていられん。
「そこにいると危ないぞ! 爆発する! いいからさっさと離れろ!」
「ちょっと悠斗なに……。どうしてそんなに必死になってるの?」
力比べのような状態で押し合いが始まった。
ここは死守せねば俺の人としての威厳が危うい。
だが単純な力だけで言えば俺に軍配があがる。悪いが勝たせてもらおう。
「兄さん、これは一体……」
遥は見覚えのありすぎるいやーんな本を手にしていた。
そして、当然ながらじとっとした目で俺を見つめてきている。
まさか俺達が戦っている間に発掘したとでも言うのか。
「へえ、そういうのが好きなんだ……。他にも何かないかな? 遥ちゃんお願い!」
「わかった、バカ猫」
息の合ったやり取りを見せる二人を前に俺は諦めるしかない。
結局この公開処刑ショーはすべてが掘り起こされるまで続き、段々と飽きてきたらしいあいはお菓子を抱えて帰っていった。
「ひとまず、これらの本は私が管理します」
遥は紐で一
「どうしてそうなるんだよ!」
「兄さん、そんな強気でいいんですか? 家族皆にばらされたくなければ従ってください」
「わかったよ。俺の負けだ……」
パタンとドアが閉まり、俺はようやく一息をついた。
ただそこまで失望された感じじゃなかったのが唯一の救いかもしれない。
そんな事を考えているとドアが開いた。
「な、なんだ遥?」
「言い忘れていました。妹ものに関しては、回収対象外となりますので今後の購入の際にはご検討ください」
彼女は再び部屋から出ていく。
なにやら変な事を口走ってた気がするが今はそれどころじゃない。
あの本はほとんど悪友から押し付けられたものなのだ。
いつ返してくれと言われるかわからないし、どうにかして取り戻す手立てを考えなければな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます