早くも幼馴染の登場だ

「ばか兄さんっ……」


 今日も俺の部屋にやってきたのは義妹のはるかである。彼女は無言で俺のベッドへと潜り込みシーツから顔を少しだけ覗かせている。


「で、なんでそんなに怒ってるんだよ? 昨日のあれはお互いに嘘だったじゃないか」

「べえぇえええつに怒ってませんけどね? そう、そうですよあれは嘘だったんです。でも兄さんは、嘘と言いながら実は妹からの純真なる愛を信じているのでは?」


 ぷすーぷすーと口から空気の漏れる音が聞こえる。こいつ、世界で一番口笛下手くそなんじゃないか?


「馬鹿いうなよ、俺達は兄妹なんだ。そんな勘違いなんてするはずがないだろ。間違ってもあり得ない。安心しろ、俺達の可能性は未来永劫えいごう0パーセントだ!」


 言うのと同時に遥は「むぐぐー、むぐぐー」と俺愛用のなシーツを噛みだした。このままいけば食いちぎりそうな勢いだ。


「ちょいちょいちょい、やめろって!」


 税込み5980円が死のふちに立っている。だが、このまま黙ってやられる俺ではない。

 遥に覆い被さるようにして押さえ込んで、ここからは恒例のバトルが始まる。頬にビンタを何発か喰らいつつ、腹にも蹴りを喰らいつつ、結局は俺の肩に彼女の爪が深く食い込むわけだ。


「フーッ、フー」

 両肩を犠牲にシーツを奪還すると、両目が潤んだ遥からは動物のような荒い息遣いが聞こえる。

 何が君をここまで駆り立てるのか、お兄ちゃんにはもうわからないよ。


「なあ、ここは一時休戦といこう。そうだ遥よ、これから勉強教えてやろうか?」

「わかりました。夕飯までの二時間、つかず離れずのつきっきりでお願いしますね」


 通常どおりの無表情に、なんとか機嫌が直ったようだと安心する。


「ここがこうなってこうだ。どうだ、わかりやすいだろ?」

「あれがああなってそうですか。わかりました」

「なあ、今のちゃんと聞いてたか? 全然違うからな」


 はっきり言って遥は賢いとは言えない。いかにもできそうな表情をしているのに何も理解できていないのだ。当然テストの結果も芳しくない。

 まあそういうところも教え甲斐があって悪くはなく、兄としてはそこまで問題だとは思っていないのだが。


「電話じゃないんですか、兄さん?」


 スマホのバイブ音にいち早く気付いた遥に指摘されて、俺は通話を押して出る。


『もしもーし。悠斗ゆうと、ちょっとお話があるんだけどね?』


 それが聞こえた瞬間すぐに通話を切る。

 するとすぐに着信。切る。着信。切る。


「兄さん、さっきから何やってるんです?」


 遥は怪訝けげんな表情をして俺を見ていた。


「疫病神からの催促がしつこくてな」

「よくわかりませんが、話もせずに切るのは相手に失礼なんじゃないですか?」

「まあ、そうなのかもしれないが……」


 と答えた瞬間四度目の着信がやってきて、俺は渋々応答する事にした。


『お前は誰だ? 偽物じゃなければ俺との関係性及びフルネームを答えよ』

『幼馴染かつクラスメイトのひいらぎあい。悠斗、なんで出てくれないの?』

『お前の話はいつも長すぎるんだ。おまけに何かしらの問題まで持ってくるしな』

『じゃあ、単刀直入に申し上げるよ。明日一日付き合え。場所は追って報せる。以上』

『単刀直入すぎんだろうがぁ!』


 叫んだ時点で切られていた。


「兄さん、さっきからうるさいです」

「ああすまん」

「今のって柊さんからですよね。声が漏れて聞こえてきました」

「明日一日付き合えとだけ言われて切られたんだ。場所はあとから送ってくるらしいんだが……まったく困ったやつだ」


 と言った瞬間、遥の目つきは明らかに変わった。


「兄さん、この問題の解き方を教えてください」

「ここはこうこうしてこうだ」

「なるほど。そこはそうそうしてああですね」

「聞いてた? 全然違うよ」


 教えるのに難儀しているとスマホが鳴る。おそらく続報が届いたんだろう。

 渋々それを確認しようと手を伸ばすと、遥が俺のスマホをひったくった。


「兄さんは何をしようと言うんですか? 今は私の勉強中なんですよ…………?」


 オォオオオォ……。

 音にすればこれがまさに相応しいだろう。

 凍りつくような笑顔に俺は思わず言葉を失う。


「なんだ。どうしたんだそんな怖い顔して」

「ただ集中したいんです。ですからこれはしばらく私が預かりますね」


 そう言うと、遥は俺のスマホを服の中に滑り込ませした。


「まあ、そこまで言うなら仕方がないな」

「あ、でも。どうしても気になるのなら、この奥にありますので手を入れて探してみてもいいですからね……?」


 彼女は、服の襟をぐっと引っ張り俺に見せつけるようにして広げた。

 これはいけない。

 少々親父の説教臭くはなるが、ここは兄として注意すべき場面だろう。


「入籍前の女の子がはしたない事はやめなさい!」

「私は別に、兄さんになら――」


 遥は何かぼそぼそっと呟いたのだがよく聞こえなかった。

 だが、俺の言葉は通じたようで大人しく机に向かいだした。


 結局翌日までスマホは返ってこず、俺は後日柊から勢いに乗ったドロップキックを受ける事になった。

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