妹に気持ちを伝えたら抱きついてきた

ひなみ

~spring~

始末顔の妹、遥

「兄さん、ちょっといい? 大事な話があるんだけど」


 サイドで結んだ黒い髪を揺らしながら、はるかはいつもどおりスッと部屋に入ってきた。

 彼女は親父の再婚相手の連れ子であり、俺の義理の妹と言う事になる。


「だからノックくらいはしろっていつも言ってるよな? 例えば俺が変顔とかしてたらお互い気まずいだろ?」

「別にそんな事はないけど……」


 平坦な抑揚に無表情。

 基本的に感情の振れ幅が小さく、何を考えてるのかわからない時がある。

 せっかく整った顔をしてるのにもったいない。

 そんな感じで少々風変わりなやつだ。


「で、なんだ話ってのは?」

「まあ、ちょっと。立ち話もなんですから……」


 と言って俺に着席を促す。

「いやここ俺の部屋だからな」の突っ込みは、どう考えても面倒になりそうだから今はしないでおこう。


「それはご丁寧にどうも。それで?」


 ベッドに腰掛けると遥は隣にちょこんと座ってきた。


「兄さんには彼女または気になる相手はいる?」

「いないけど」

「けど?」

「そりゃ俺も健全な男子高校生だしな。彼女の一人くらい欲しい年頃よ」


 まあ今のところできそうにもないけどな。

 ほう、と呟いて遥は俺から視線を外した。


「もしかして誰か紹介してくれるのか?」

「は、するわけないじゃない。兄さんはばかなの?」


 遥は俺の肩を小突く。爪がねじ込まれていてこの突きが意外と痛い。

 やめろ、と払いのけると突いてくる。予想どおりの攻防が今日も繰り広げられてしまった。


「一時休戦といこうじゃないか。ほら、苺アイスだ。お前好きだろ?」


 急ぎ冷凍庫から一本取り出すと遥に渡す。

 ここは気を逸らすしかなさそうだ。


「じゃあ食べさせて」


 遥は目を閉じあーんと口を開けている。

 その様子に俺もぽかんと口を開ける事になった。


「お前なあ、高校生にもなってそれはないだろう」


 我ながら至極まっとうな意見だ。


「大丈夫。他の家でも兄妹きょうだいなら皆やってる事だから」

「それどこ情報だよ。そんなの初めて聞くんだが……」


 遥の方を見ると、んーと言ってまだ待っている。

 可愛い妹のためだ。仕方がない。


「ほら、食え」

「あむっ」


 彼女はと幸せそうに食べている。

 かと思えば、俺の手からアイスをひったくるようにして奪った。


「兄さんも、どうぞ……」


 差し出されたピンク色の棒。

 一転してただならぬ雰囲気だ。据わった目が俺を捉えて離さない。


「冷凍庫にまだあるからいいよ。気にせず全部食っていいぞ」

「あ、そうですか」


 溜息を吐いた遥は少し表情が険しくなり、そのままアイスを完食した。


「で、俺達何の話をしようとしてたんだっけ?」

「それを今からしますので、よく聞いていてくださいね」


 よいしょと座り直した彼女は体を俺の方に向けた。


「なんだ、急にかしこまって怖いな?」

「私ね。兄さん……いえ、悠斗ゆうとの事が好きなんです。悠斗は私をどう思ってる……?」


 ニゴォ……。

 音で表すなら間違いなくこうだろう。

 形容するのが難しいのだが、遥は人を一人始末してきたような悪い顔をしている。よってこれを始末顔と呼ぶ事にしよう。


「どう、ってどういう?」

「いいから自分の気持ちに素直になって……!」


 さっきよりも凄みを増した始末顔にようやく俺は理解した。

 そうか、今日はエイプリルフールだ。

 遥は俺に対して嘘をついている。だとすればこの顔にも合点がいく。

 寛大な兄としては、ここは一つ彼女の意図を汲んでやるのがベストだと言える。


「実はな、出会った時からお前の事を一人の女として見てたんだ!」


 俺は考えうる中で最もあくどい表情を作る。セリフを含め少々オーバーにやりすぎた感はあるが、遥もさすがに嘘だと気付くはずだ。


「ほ、ほ、ほ、ほ、ほー!」


 まるでフクロウのようになった遥は、顔を真っ赤に染めて俺に抱きついてきた。

 鳴き真似としては再現度が高くなかなかの演技派だ。

 そしてそのまま五分ほどが経つのだが、彼女はいつ離れてくれるのだろう。

 もしかして信じてしまっているとでも言うのか?


 ま、いいか。ネタばらしをした時の遥の反応が今から楽しみだ。

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