第2話 不気味なイタズラ電話

それから、1週間後の夜のことだった。

自宅の電話が、けたたましく鳴り始めた。


またか、と悠里は肩を落とす。

そして形式的に受話器を取り耳に当てた後、そのまま何も言わず本体に降ろした。



「……また、無言電話?」

弟の悠人が、不安げに問うた。

悠里の2つ年下、中学2年生だ。

「うん。もう、嫌んなっちゃうね」

努めて軽い口調で悠里は答える。


「姉ちゃんさあ……」

振り返ると、弟の険しい瞳にぶつかった。

「大丈夫なの? これゼッタイ、姉ちゃん狙いで掛けてきてんじゃん」

悠里が答えに窮していると、弟は更に質問を投げつけてくる。

「ホントに心当たりないの? イタ電の犯人。ヤバイよこれ」

弟の苛立ちに負い目を感じながら、悠里は微かに首を横に振り、俯いた。



この1週間、毎晩のように悠里たち姉弟を悩ませているのは、不気味なイタズラ電話だった。

大半は無言だが、時折、男の荒い息遣いが聞こえる。

悠人が、『姉ちゃん狙いだ』と断言するのは、これに起因していた。 

1日にかかってくる頻度も、だんだん増えていく。

昨夜は、夜中にまで電話のベルが鳴り響き、悠里たちは飛び起きる羽目になった。


「……ねえ。やっぱ、父さん母さんに相談した方が良くない?」

悠人が懸念を眉間に刻み、小さく問いかけてくる。

悠里は少し沈黙したのち、ゆっくりと首を横に振った。

「今、お母さんたちは忙しい時期だもの。心配かけたくないよ、イタ電くらいで」

''くらい''という言葉を強調し、悠里は言った。



悠里たちの両親は、同じ会社で働いている。

2人は現在、海外に長期出張中だった。

海外出張自体は、年に数度あることだ。

その度に悠里と弟は、家事などを協力し合って留守を守ってきた。


今回の出張は、大型のプロジェクトを進行していると聞いている。

そのためいつもの出張よりも長く、3か月間、両親は家を空けることになっていた。

母の方は何度か一時帰国するものの、両親揃っての帰国は、年末になる予定である。



悠里は、互いを尊敬し合い、協力して仕事をこなしていく両親のことを尊敬し、自慢に思っていた。

だからこそ、2人の邪魔をしたくない。

こんな、つまらないイタズラ電話なんかで――



悠里は内心で、その決意を新たにする。

「……でもさあ、姉ちゃん」

「大丈夫、大丈夫!」

まだ不満げに食い下がってくる弟に、悠里は無理に口角を上げてみせた。

「ほっとけば、そのうち掛かってこなくなるって!」


――しっかりしなきゃ。弟に心配かけちゃダメだ。

不安をぎゅっと押さえ込み、悠里は、にっこりと微笑んでみせた。

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