piece2 望まぬ再会

第1話 運命の出会い?


「悠里、おはよう!」

翌朝、教室に続く廊下を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。


石川彩奈。ダークカラーのロングヘアに赤いメガネが似合う、姉御肌の親友だ。

悠里は彼女を見上げ、微笑んだ。

「おはよう、彩奈!」

「昨日の雨、すごかったねえ。悠里が出てからすぐに降り出したから、心配してたんだよ!」

彩奈が大げさに天を仰いでみせた。



彼女は昨日、所属する写真部のミーティングがあり、悠里は先に下校したのだった。

「ありがと、大丈夫だったよ」

彩奈の言葉に、悠里は笑顔で応える。

「途中で勇誠学園の人とぶつかっちゃったんだけど、その人が傘に入れてくれて……」


彩奈の目の色が、変わった。

「勇誠!?」

悠里の言葉を遮り、素っ頓狂な声を上げる。

「勇誠って男子校じゃん! すごい! 悠里、意外と積極的い!」

「え? や、やだ! 違うよ」

頬を染め悠里は慌てて否定するが、彩奈は好奇に満ちた目を輝かせた。

「ぶつかったって、マンガみたいな展開じゃん! 運命の出会いってヤツだ!」

「ち、違うってば」


ニヤニヤ笑いを浮かべた彩奈を振り切るように教室に入り、悠里はあたふたと椅子に腰掛ける。

めげずに彩奈は付いて行き、前の席に陣取った。

「それでそれで? どうしたの?」

「どうもしないよ。駅ですぐ別れたし、電車も反対方向だったし……」



そこで昨日のやり取りを思い出し、悠里は首を傾げる。

「でも……」

「でも?」

すかさず彩奈が食いつく。


「私の名前を聞いて、何か驚いてたな……」

「驚いてた?」

悠里の疑問に呼応し、赤メガネの奥の瞳が怪訝そうに瞬く。


彼の少し驚いたような瞳と声が、脳裏によみがえってきた。

悠里は首を傾げ、眉をひそめる。

「どうしてだろ……」

「まあまあ、いいじゃん。レアな出会いができたんだし! で? そんなことより、その人イケメン? 今度紹介してよ!」


悠里の疑問を吹き飛ばすように、彩奈が豪快に笑った。

彼女にとっては、取るに足りない違和感だったらしい。

溜め息をつき、悠里は親友の悪ふざけをあしらった。

「そんな。名前しか知らないよ」

言いながら悠里は、袋に入れて持参してきた黒の折り畳み傘を、チラリと見た。



そう。名前と学校しか知らない。

お借りします、とは言ったものの、どうやって彼に返したらいいのだろう……



彩奈にお願いすれば、ついて来てくれると思う。

しかし、男子校に直接行き、彼を呼び出して貰うというのは、悠里にはいささかハードルが高かった。


登下校で、また偶然会えたらいいなと思い、悠里は暫くの間は傘を持ち歩こうと決めていた。

どうしても会えなかったら、本当に勇誠学園まで行くしかないかも知れない。



悠里は、彼の印象的な切れ長の瞳を思い返した。

パッと見は厳しそうに見える、強い瞳。

けれど、笑うと柔らかく輝く、優しい瞳。



『今度こそ、受け取れよ?』


そう言うと、悠里に傘を渡した。

電車から降りたら、彼もまた、雨の中を歩くはずなのに。

悠里に傘を握らせると、さっと駆け出してしまった。


少し強引で、真っ直ぐな親切。

彼の優しい声と、悪戯っぽい笑顔は、まだ鮮明に悠里の胸に残っている――



「悠里? どうしたー?」

「えっ?」

「勇誠の人のこと、考えてたんでしょー」

感慨に浸ってしまっていた悠里の顔を覗き込み、彩奈は笑う。

「もしかして、一目惚れした?」

「し、してないよ!」

悠里は慌てて、首を左右にブンブンと振る。


「あっはは! 悠里、顔真っ赤じゃーん!」

彩奈が手を叩いて言った。

「その人に会いたいなら、勇誠まで付いてってあげようか?」

「ま、まだいい!」

「まだ?」


彩奈がお腹を抱えて、本格的に笑い始める。

「じゃあ、心の準備ができたら、いつでも言ってね!」


悠里は恥ずかしさに口をつぐみ、またチラリと、折り畳み傘の入った袋に目をやった。

これを彩奈に見せれば、早速今日の放課後に行こうと言い出すに違いない。



――今日は、まだ……


悠里は、トクトクと弾む胸を押さえた。

まだ、心の準備は、できそうもない。


早く返さなくちゃと思う気持ちと、妙にドキドキしてしまう心。

2つの相反する衝動に挟まれ、何だか落ち着かない悠里だった。



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