第3話 思わぬ嫌疑をかけられて
「悠里。なんか元気ないよ? どうした?」
翌日の放課後、彩奈が顔を覗きこんできた。
赤縁メガネ越しの瞳が、心配そうに悠里を見つめている。
昨夜は、イタズラ電話について考えを思い巡らせているうちに、空が白んでいた。
うっすらと目の下に隈を作っている悠里を労わるように、彩奈は言った。
「ねえ。なんか、あったんでしょ。話してみてよ」
自分の変化を、いつも敏感に察知してくれる親友。
それだけで、ほんの少し胸が軽くなる。
彩奈に感謝せずにはいられなかった。
そうだ、聞いてもらおう。
少しだけ愚痴を言わせてもらおう。
そうすれば、またがんばれる。
悠里は小さく微笑んで、頷いた。
「彩奈。ありがとう……」
悠里は例のイタズラ電話のことを、ぽつりぽつりと打ち明けた。
このことを弟以外と話すのは初めてだ。
冷静に話しているつもりでも、声は時折、頼りなく震えた。
「イタ電は、いつも非通知で掛かってくるから、着信拒否できればいいんだけど。両親からの電話が、たまに非通知でくることもあるから……」
泣き笑いのような表情で、悠里は呟いた。
彩奈は悠里の手をぎゅっと握り、険しい顔で何度も頷く。
「許せないね……よし、こうなったら私が犯人をシメる!」
「……シメるって言っても、犯人が分からないよ」
悠里が苦笑すると、突然に彩奈は人差し指を突き出し、大声で叫んだ。
「私、アイツが怪しいと思うんだ、勇誠学園の!ほら、先週に悠里を駅まで送ったっていう、アイツ!」
驚きのあまり、悠里は大きな目を更に見開いた。
ここで彼のことが話題にのぼるとは、思ってもみなかった。
「え、どうして?」
しどろもどろに、悠里は興奮した親友に問いかける。
彩奈の勢いは、止まらない。
「だってソイツ、悠里が名乗ったとき、変なリアクションとってたんでしょ? 何か怪しくない? もしかしたら、悠里のストーカーなのかも!」
彼に対する、あまりにも唐突な疑惑の言葉に、悠里は困惑する。
「そんな……そんな人には、見えなかったよ」
「ヒトは見かけによらないよ? だったら直接聞いて、白黒ハッキリさせよう! よし悠里、さっそく勇誠学園に乗り込むよ!」
まだ何も決まっていないというのに、すさまじい迫力だ。
思わず悠里は気負されてしまう。
とどめとばかりに彩奈が畳み掛けてきた。
「イタ電が始まったのって、1週間前なんでしょ? それって、アイツに出会ってからすぐの話じゃん」
「それは、そうだけど……」
「ほらね!」
彩奈は、したり顔で大きく頷いた。
彼女のなかでは、犯人を彼と仮定すると、全ての辻褄が合うらしい。
悠里は唇を噛み、彼の強い瞳と落ち着いた低い声を、丹念に思い返す。
『持ってけ』
自分がずぶ濡れになるのも厭わずに、さっと悠里に傘を差し出してきた長い腕。
『だ、だめです、風邪引いちゃいますよ!」
『だから大丈夫だって』
『だめ、だめです!』
互いに譲り合ううち、いつの間にか2人で入ってしまった、ひとつの傘。
可笑しくなって、どちらからともなく吹き出した。
『じゃあ、一緒に入るか』
そう言って、駅まで傘に入れてくれた。
悠里は更に、彼の悪戯っぽい笑顔を思い返す。
『今度こそ、受け取れよ?』
そう言って、悠里に傘を持たせ、走り去った。
駅まで送ってくれただけでなく、電車を降りた後のことまで、気遣ってくれた。
彼の切れ長の目は優しくて、真っ直ぐな親切心に満ちていた。
その瞳を見れば、相手が誰であっても、彼はきっと同じ行動を取ったのだろうと思えた。
だから自分は、安心して彼の親切を受けることができたのだ――
そんな優しい彼に対して、自分の大切な友人が、あらぬ疑いを掛け始めている。
思わぬ事態に胸が痛んだ。
なんとかして事態を収めようと、悠里は強くかぶりを振る。
「あの人は違うよ。絶対」
「なんでそう言い切れるの?」
彩奈の眉が、吊り上がる。
悠里が頑なに否定を繰り返したことで、火に油を注いでしまったようだ。
「直接確かめなきゃ、わかんないじゃない! 行くよ! っていうか、悠里が行かなくても私は行く!」
「彩奈……」
悠里は彼女の怒りに燃えた瞳を見て、言葉を失う。
猪突猛進、という言葉がぴったりの親友である。
一度火が点いた彼女を止める術がないことを、悠里はよく知っていた。
それに、彩奈がここまで言うのは、悠里を思うが故なのだ。
そう思うと、ジクリと胸が傷んだ。
「……わかった。私も、行く」
彩奈を1人で行かせるよりは、マシだ。
悠里は唇を噛み、重い腰を上げた。
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