第4話 こんな再会、したくなかった

勇誠学園は、2人の学校から歩いて15分程度のところにあった。

重厚な歴史が匂い立つ、煉瓦造りの美しい門がそびえ立っている。


憂鬱な表情の悠里とは対照的に、気合い充分といった体で、彩奈が言った。

「悠里。シバサキ、ゴウシね?」

「うん……」

俯き加減に、悠里は応えた。


――来ちゃった。

彼が犯人だなんて、思ってない。思いたくないのに……


できるなら、今すぐこの場から逃げ出したかった。

しかし、それはもう叶わぬ願いだ。

自己嫌悪に苛まれながら、悠里は彼女の後ろに立ち尽くすより他なかった。 



思い悩む悠里をよそに、彩奈は門の傍を通りかかった生徒を捕まえ、呼び出しをかけていた。

「話があるから、門に来てって伝えてください」

呼び止められた生徒は、彩奈の剣幕に、ぽかんとしている。


金髪にピアスという派手な風貌だが、優しい顔立ちの生徒だった。

「な、なに。ゴウ? あいつなら、部活だよ?」

偶然にも、彼は柴崎剛士の知り合いのようだ。

すぐそこの体育館を指しながら、しどろもどろに応えている。


彼の存在を間近に感じ、ドキリと悠里の胸が飛び跳ねた。

「すぐ呼んできて!」

彩奈が畳み掛けると、彼は血相を変えて、体育館に駆け込んで行く。

「おい、おいゴウ! マリ女が来てんぞ!」

大声で叫びながら。

マリ女とは、悠里たちの通う聖マリアンヌ女学院の通称である。



――どうしよう。

にわかに悠里の胸が早鐘を打つ。もうすぐに、彼が来てしまう。


――いやだ。こんな形で再会するなんて。

彼の親切に泥を塗って返すようだ。


悠里の固い表情を不安だと勘違いしたらしい、彩奈が優しく肩を叩いてくる。

「悠里、大丈夫だからね。あんたは何も話さなくていいから。私に任せてよ」

悠里は目を上げる。


――やっぱり、こんなのダメだ。止めなくちゃ。

意を決して、悠里は口を開いた。

「ねえ彩奈、やっぱり帰ろ……」

「来たよ!」

興奮した彩奈の声が、悠里を遮った。



体育館の方を見ると、先ほどの男子生徒とともに歩いてくる、長身の姿が目に入った。

さらりと流れる黒髪。

そして、切れ長の強い瞳。確かに彼だ。


男子生徒の言ったとおり部活中なのだろう。

『勇誠学園 籠球部』と胸元に書かれた、黒いジャージを着ていた。


――バスケ部なんだ……

現実逃避するかのように、悠里は彼のジャージの文字を、ぼんやりと見つめた。


 

「……何?」

彼の声が、耳を打った。

初めて聞いたときと同じ、落ち着いた低い声。

でも、あの雨の日とは違う、冷たい声音だった。


切れ長の黒い瞳が、彼を睨みつける彩奈を、真っ直ぐに見つめ返している。

部活を中断させられた苛立ちが、刺々しく彼を包み込んでいた。


悠里の胸が、申し訳なさに痛みを増す。

彼は一瞬、ちらりと悠里に視線を動かしたが、特に何も言わなかった。



「あなたが、シバサキゴウシ?」

彩奈が、一歩前に出た。

「だから、何の用だよ」

彼――剛士は、整った顔に苛立ちを隠さず、低い声で応えた。


「彩奈」

何とか止めようと、悠里は小声で親友に呼びかける。

しかし彩奈は振り向きもせず、剛士に向かい、一気にまくし立てた。

「悠里の家に毎日イタ電してるの、あなたですか? 悠里、すごく迷惑してるんです。やめてください」


「い、イタ電!?」

剛士より先に、金髪の男子生徒が素っ頓狂な声を上げた。

剛士の隣に立ち、彼と彩奈とを交互に見つめている。


「……はぁ? 何だそれ」

呆れたように、剛士は溜め息をついた。

「知らねえよ。そんな話なら戻る」

言いながら踵を返そうとする剛士に、彩奈が食い下がる。

「逃げんじゃないわよ! 悠里、あんたに会ってからイタ電が始まって、ホントに困ってるんだよ!?」

「だから、知らねえよ」

本格的に気分を害したらしい、剛士の声が一層鋭くなる。



「ちょ、ちょっと、どっちも落ち着けって……な?」

ただならぬ事態に、無関係なはずの金髪の男子生徒がとりなす。


「よくわかんないけどさ、ケンカは良くない。な?」

男子生徒が、宥めるように剛士の肩に手を置く。

彩奈は、依然として剛士を睨みつけている。


もう、耐えられない。

悠里は、懸命に彩奈の腕を引いた。

「彩奈、やめよう。違うって言ってるじゃない」



「おい、そこ! 何事だ?」

突然、雷が落ちたような大声が飛んできた。

ぎょっとして4人はその方向に顔を向ける。

門の前で、派手に騒いでしまったからだろう。

勇誠学園の教師らしき男性が、こちらに走ってくるのが見えた。


「やべ、生活指導の谷だ」

男子生徒が顔をしかめる。

「え、先生? マズい……」

彩奈が狼狽えたように呟いたが、もう遅い。

4人はその場に立ち尽くした。

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