第82話 もうひとつのサプライズ

木曜日。悠里は頭を悩ませていた。


バースデーケーキに関しては、試作の甲斐もあり、準備が整ってきた。

しかし、この日は大切な、剛士の誕生日。


「何か、プレゼントしたいな.......」

サプライズだけではなく、形に残るものを贈りたい。

そう思っているのだが、なかなか良い案が浮かばないのだ。



ただの友人ではない。けれど、恋人でもない。

できるだけ、さり気ないもので、しかし気持ちを込められるプレゼントを用意したかった。


「どうすればいいかなあ……」

ダイニングテーブルに突っ伏していると、弟の悠人が帰ってきた。


「……何やってんの?」

だらんとテーブルに身体を預けている姉を見、悠人は不審な声をあげる。


悠里は目線だけを起こし、弟を見た。

寒さの中、帰宅した悠人。

その首に、目がいった。

青い毛糸のネックウォーマー。悠里が編んだものだった。


「それだ!」

「わあっ!?」


突如大きな声を上げ、ガバッと身体を起こした姉に、悠人は驚愕する。

「ありがとね悠人!」

悠里はバタバタと上着を着込み、バッグを手にした。


「私、ちょっとお買い物!1時間くらいで戻る!」

嵐のように出掛けていく姉を、悠人は唖然として見送った。



駅前の手芸屋を目指し、夕暮れの迫る道を小走りに行く。

道すがら、悠里はネックウォーマーの色や模様の案を頭に思い描いた。


剛士に贈るなら、やはり黒がいい。

彼の、透き通るような切れ長の瞳と、サラリと揺れる黒髪のように、鮮やかな。



ワクワクと胸を高鳴らせ、店の扉をくぐった。

この店は毛糸の品揃えが豊富で、編み物をしたいときに、よく利用している。


悠里は早速、黒の毛糸を物色する。

他の色も混じったような華やかな黒もあれば、引き締まった硬い黒もある。

色合いひとつをとっても、漆黒、灰色がかった優しい黒、青みを感じる黒など、いろいろな黒がある。

悠里はひとつひとつを丁寧に見ては、気になる毛糸の手触りを確かめていった。


その中に、綺麗な黒があった。

混じり気のない鮮やかな黒だが、どこか暖かい色味。

何より、柔らかな手触りがとても気に入った。


剛士の目に、似ている。

真っ直ぐに透き通って、笑ったときには優しく輝く、切れ長の瞳。


悠里は、かすかに微笑んだ。

――これにしよう!

大切に毛糸を抱え、悠里は会計へと向かった。



帰宅した悠里は、お腹を空かせてブーブー文句を垂れる弟に、急いで夕飯を作る。


いま両親は国内にいるが、相変わらず多忙を極める毎日である。

そのため、夕飯の担当は悠里であることが多いのだ。


それでも母は、出勤する前に洗濯と、家族のためにしっかりとした朝食を、毎日準備してくれる。

食材の調達は宅配を利用しているので、買い物をする必要もない。


毎日仕事をがんばる父と母を、少しでも手助けしたい。

だから、晩ごはんは私が作るよ、と悠里の方から申し出た。


嬉しくて涙が出そう、と泣き真似をした父と、ありがとう、でも無理はしないでと頭を撫でてくれた母。


中学生になってから妙に大人びて生意気な弟も、悠里が作る料理を、「うま!」と言いながらいつも豪快に平らげてくれる。


そんな家族のためならば、晩ごはんを作るくらい苦ではない。

悠里は鼻歌混じりにフライパンを振った。



「はい、どうぞ」

弟の好きな照り焼きチキンをテーブルに出すと、彼はいそいそと席につき、上機嫌で食べ始めた。


「うま!あ、いただきまーす」

よほど空腹だったのだろう、感想と食前の挨拶が逆になっている。

そんな彼を見、悠里は申し訳なさそうに微笑んだ。


「ごめんね、悠人。晩ごはん遅くなっちゃって」

もぐもぐと口いっぱいに頬張りながら、悠人は答えた。

「明日、ハンバーグにしてくれたらいいよ?」


弟の可愛らしいリクエストに、悠里は思わず笑ってしまう。

「ふふ、わかった」


明日は腕によりをかけて、ハンバーグを作ってあげよう。

暖かな気持ちに包まれながら、悠里も向かいの席で手を合わせた。

「いただきます」



「今日も、クッキーの試作すんの?」

悠人からの問いかけに、微笑んで首を横に振る。

「ううん。今日は別のことをやるから」

「ふーん」

弟は席を立ち、キッチンへと向かう。


「……悠人?」

振り返らずに、彼は言った。

「今日は、洗い物やったげるから。姉ちゃんはさっさと風呂入って、やることやっちゃえば?」

「悠人……」


ぶっきらぼうな言い方に隠した弟の優しさに、悠里は少しだけ泣きそうになる。

「ありがと!」

気恥ずかしくて、直接顔を見ては言えない。

代わりに悠里は、キッチンに向かって大きな声でお礼を言った。



弟の優しさに甘えて、お風呂に入った後は早々に自室に籠る。

悠里はワクワクしながら、買ってきた毛糸を取り出した。


「やっぱり、綺麗……」

部屋の明かりで見ても、とても上品な黒だった。


大切そうに毛糸を撫で、悠里は微笑む。

時計の針は、まだ21時半。

これなら、今夜のうちに仕上げられそうだ。



悠里は、使い慣れた棒針を取り出す。

剛士に贈る、ネックウォーマー。

柄は、マフラーやセーターにもよく使われる縄編みに決めた。

見た目にも暖かそうな雰囲気がでる模様で、悠里の好きな編み方だった。


柔らかな黒の毛糸で輪を作り、棒針を入れて最初の一目を作る。

悠里は心を込めて、剛士へのネックウォーマーを編み始めた。

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