第80話 大好きなんだね
翌日の放課後、悠里は彩奈に付き合ってもらい、製菓グッズが置いてある店を覗く。
「あ、悠里!こっちこっち」
手分けして陳列棚を探していた彩奈が、赤メガネの下の目を輝かせて手招きした。
その棚には、サッカー・野球など、スポーツを模した型がたくさん並んでいる。
バスケのユニフォームは、ノースリーブ。
悠里は目を皿のようにして、陳列棚を見つめる。
「……あった!」
シンプルなノースリーブのクッキー型。
大きさは、5センチくらいだろうか。
ちょうどいいサイズが見つかり、悠里は微笑んだ。
「……いい感じ?」
悠里の手元を覗き込み、彩奈も笑う。
「うん!彩奈、ありがとう」
「良かった良かった!」
悠里の長い髪を撫で、彩奈が棚を指す。
「あ、バスケボールの型もあるよ?これはいらない?」
「うん、大丈夫! ボールは、丸い型の上にアイシングで作れそうだから」
「もしかして、既に試作済み?」
ニヤニヤと彩奈が悠里の顔を覗き込む。
「さすが、気合い入ってんねえ」
「もう、彩奈!」
照れ隠しにむくれて見せ、悠里は話を切り替えた。
「せっかくだから、材料も買っていっちゃおうかな。いい?」
「もちろん!」
2人は笑い合いながら、製菓材料の売り場へと向かった。
ケーキとクッキーの材料をひと通り購入し、2人は、休憩とお喋りのためにカフェに入っていた。
「ねえねえ、悠里。どんなケーキを作るの?」
期待が膨らんで堪らないと言った体で、彩奈が問いかける。
悠里はにっこり微笑み、ノートに描いたケーキ全体の図案と、昨夜作ったアイシングクッキーの写真を見せた。
ワクワクと覗き込んだ彩奈の目が、パッと輝く。
「すごーい!バスケのボールとゴールだあ!これ、悠里が自分で描いたの?」
「うん!どう? それっぽく見える?」
「見える見える!むしろ、そうにしか見えない!」
ゴールのクッキーの上にボールのクッキーを乗せた画像を指し、彩奈が言った。
「この、ボールがゴールに入りそうな感じがいいよね!」
意図した通りのイメージが彩奈に伝わり、悠里は嬉しくなる。
「あ、ねえねえ、悠里」
彩奈が、パチンと指を鳴らす。
「誕生日の日付をさ、スコアボード風に描くのはどう?」
悠里は大きな目を輝かせて頷いた。
「それいいね!やってみたい!」
2人は早速、バスケットボールのスコアボードを検索する。
「この、デジタルのスコアボード、カッコよくない?」
彩奈が見せてくれたスマートフォンの画面を覗き込む。
シンプルなデザインで、上には時間、下には、両チームの点数が左右に表示されている。
そして中央には「basketball」の文字が入っていた。
「うん!カッコいいね!これを真似するなら、上に今年の西暦、下に日付で、真ん中にお名前かなあ」
「いい、いい!」
悠里の言葉に、彩奈が大きく頷いた。
自分では思いつかなかった素敵なアイディアをくれた親友に、悠里は微笑みかけた。
「可愛くなりそう。彩奈、ありがとう!」
彩奈は、嬉しそうな悠里を見つめ、目を細める。
「バスケのケーキ。まさにシバさんのためのケーキだね!」
その言葉に、悠里は頬を染めながら頷く。
「……うん。がんばる!」
「くう一っ!恋する乙女、可愛いぞぉ」
彩奈が頭を撫でてくる。
「悠里。ほんとにシバさんのこと、大好きなんだね」
悠里は、とっさに図案を描いたノートで顔を隠す。
そして、聞こえるか聞こえないかの微かな声と共に、頷いた。
「......うん」
きゃあっ、と彩奈が歓声を上げる。
「悠里がシバさんのこと好きって言ったー!可愛いすぎるう!」
そうして、写真のアングルを決めるように、両手の指で四角を作りながら微笑む。
「はあ~……この悠里を、シバさんに見せたいわ」
こんなん惚れてまうでしょ、と彩奈は満足げにうんうんと何度も頷いた。
「がんばるねえ、悠里」
「うん。ゴウさんと一緒に、たくさん思い出を作って。積み重ねて……それで、私のこと、好きになってくれたらいいな……」
半ば独り言のように、悠里は言った。
彩奈の手が豪快に、悠里の髪をクシャクシャと撫でる。
「わっ」
思わず首をすくめた悠里に、彩奈が笑った。
「これ以上好きにならせたら、シバさんのハートがパンクしちゃうんじゃない?」
「パ、パンクって」
「まあシバさんの場合、悠里でいっぱいにして、パンクさせちゃった方がいいかもね!」
彩奈が意味ありげに、悠里の顔を覗き込んだ。
「ああいう、いろいろ抱え込んでる人にはさ。抱えてるもん全部取り落としちゃうくらい、思い切りぶつかった方がいいよ!」
彩奈らしい威勢のいい言葉に、悠里は苦笑する。
どちらかと言うと自分は、取り落とさせるよりも、支えたい、と思うのだが。
彩奈が、ケーキの図案を描いた悠里のノートを、トントンと指して言う。
「いっそのこと、悠里から告白しちゃえば?」
「し、しないよ」
悠里は真っ赤になって首を左右に振った。
「私、今のままで充分だもん!」
彩奈には言えないが、本音では、過去と向き合う決意をした剛士を、急かすようなことをしたくなかった。
悠里は、剛士と手を繋いで話した、イルミネーションの夜を思い返す。
剛士に、信じて待っていると伝えた。
今はただ、穏やかで優しい2人の時間を、ゆっくりと積み重ねていきたい。
痛みと戦う剛士の心を、少しでも癒したい――
「何をコドモみたいなこと言ってんのよ。焦れったいなあ」
彩奈は笑いながらもう一度、悠里の頭をクシャクシャと撫でた。
「まあ、両想いで、まだ付き合ってないときがイチバン楽しいってのは、わかるけどね!」
「あ、彩奈……」
なんと言い繕うこともできない。
悠里は真っ赤に染まった頬のまま、俯くしかなかったのだった。
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