第79話 4番は、キャプテンだよ

恥ずかしさに真っ赤になりながら、悠里は振り返る。

風呂上がりであろう、濡れた髪をタオルで拭きながら、呆れた表情で自分を見つめる弟がいた。


「ゆ、悠人。いつからいたの」

姉からの質問には答えず、悠人は並べられたアイシングクッキーを眺める。

「へー。バスケのボールとゴールだ」

「わかる!?」

バスケ部の弟にそれと認識され、悠里は思わず破顔する。


上機嫌な姉を見て、大体のことは察したのだろう、悠人が問いかける。

「バレンタインの練習?」

「ん。まあ、そんなとこ」

「柴崎さんだ」

「うるさい」


悠里は容赦なく、弟の口にクッキーを突っ込んだ。

「もがっ!?」

唐突な姉の蛮行に、悠人は目を白黒させる。

ゴールを描いた、大きい方のクッキーだ。


悠人は暫くの間、懸命にもぐもぐと口を動かしたあと、頷いた。

「……うま!」

「でしょ?」

悪戯っぽく悠里は微笑む。


あまりにも嬉しそうな姉の姿に、思わず弟も笑った。

「まあ、がんばりなよ」

冷蔵庫から牛乳を取り出し、悠人はキッチンから去ろうとした。


「あ、悠人」

そういえばと、悠里が彼を呼び止める。


小さな疑問を弟に投げかけてみた。

「ねえ。バスケのユニフォームの番号って、ポジションで決まってるの?」


「はあ?」

牛乳を飲み干したあと、怪訝そうに姉を見つめた。

「あー。決まってるわけじゃないけど、大体の方針はあるかな」


「じゃあ、4番って、シューティングガードの番号なの?」

「おお、姉ちゃんの口からポジション名が出るとは」

悠人が感心したように笑った。

「柴崎さん効果すげえ」

「もう、うるさいな」

照れ隠しにペチンと悠人のおでこを叩く。


悠人は笑いながら応える。

「4番は、キャプテンだよ」

「キャプテン」


「そ。バスケは3秒ルールとか、数字を使ったルールがあるから、1から3の数字は選手の番号には使わんのよ。審判のサインと被ったら、試合中に紛らわしいからね」


ふうん、と悠里は弟の説明に深く頷いた。

「だからレギュラーの人は大抵、4番から8番の人。4番がキャプテンで、5番が副キャプテンなことが多いかな」

「そうなんだ」


興味深そうに聞き入る姉の姿を見て、悠人はニヤリと笑う。

「バスケのルールブックなら、オレの机にあるから、読んでいーよ」

今度こそ、悠人はキッチンから去っていく。


「柴崎さんのカノジョなら、基本的なルールぐらい知ってた方がいいんじゃない?」

「ち、ちがっ……」

否定の言葉を告げる前に、弟は階段を昇っていってしまった。



ひとりに戻ったキッチンで、悠里は黒のユニフォームを着た長身を思い描く。

4番を付けた剛士の姿。


「そっか。キャプテンの番号だったんだ……」


やっぱり、ケーキのデコレーションには、ユニフォームも加えたい。

剛士の存在を表現したい。

明日、ユニフォームのクッキーを焼けるように、型を買いに行こう。


時計を見れば、間もなく深夜になるところだった。

今日のところは、これで終わりにしよう。

キッチンを片付けて、お風呂に入らなければ。

悠里はエプロンの紐を結び直し、洗い物に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る