第72話 おまけのお話 剛士と拓真

『やっほーゴウ!待ってたぞ』

「待ってたのかよ」


悠里を送り届け、自宅に帰り着いた剛士は、拓真に電話を繋げていた。

彼の第一声に、思わず笑ってしまう。


『まあね。今日は掛けてくるかなって思ってたんだよ』


察しのいい親友には、自分の行動など、お見通しなのだろう。

けれど、拓真に読まれてしまうのは、何故だか心地よい。

剛士はスマートフォンを耳に当てたまま、ふっと優しい笑みを浮かべる。



拓真がゆっくりと問いかけた。

『で?どうだったの?』

剛士の心を開くような、穏やかで暖かい声音だった。

「うん。楽しかった。でも、俺……すごく悠里を傷つけてたし、甘えてたと思う」


拓真は、驚くでも怒るでもなく、静かに尋ねた。

『うん。……何か、あった?』

その声に誘われるように、剛士は、正直に打ち明けた。



エリカから電話が掛かってきて、それをとってしまったこと。

それを悠里に聞かれたこと。


悠里と話をしたこと。

昔の出来事。そのときの感情。バスケ部のこと。


そして、いまの自分が抱えている気持ちを、整理しきれない思いも含め、全て彼女に告白したこと。



最後まで剛士の声を聞き終わると、拓真が少しだけ驚いた様子を見せた。


『ゴウ、悠里ちゃんに、そこまで話したんだ』

「……うん。俺、悠里に嘘ついたり、誤魔化したりはしたくなかったんだ」


『そっかぁ……いやでもお前、話すの勇気いっただろ』

拓真は感心したように、そっかそっか、と何度か呟いた。


『それで、』

穏やかな声音のまま、拓真が問う。

『悠里ちゃんは、なんて言ったの?』


「『ふふ、泣いてもいいですよ?』って、手ぇ広げられた」

『あっはは何それ!面白すぎでしょ!』


悠里の言い方を真似て答えると、拓真が弾かれたように笑い出した。

拓真の笑い声につられて、剛士も少し笑ってしまう。


『器でっかいなあ、悠里ちゃん。ゴウのこと、全部受けとめてあげる!って感じか』

「……うん。俺、悠里に聞いて貰って、初めて気づけたことがあったし、何か、すげえホッとしたんだ」


『そっかそっか。……良かったな、ゴウ。今日さ。悠里ちゃんに受けとめてほしくて、2人で会いたかったんだろ?』


拓真の言葉に、ハッとする。

「……そうなのかもな」


剛士が応えると、拓真が嬉しそうに、しみじみとした声音で呟いた。

「いいなあ、悠里ちゃん。ホント、悠里ちゃんで良かったって思う」

「なんだそりゃ」

思わず2人で笑った。



拓真が楽しそうに問う。

「手ぇ広げてきた悠里ちゃん。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛かったでしょ?」


「……ぶっちゃけ、めちゃくちゃ抱きしめたかったわ」

照れ隠しに、拓真の言い回しを借りながら答える。


「抱きしめなかったの?」

「こんなカッコ悪い状況じゃ、無理だろ」

「そうかなあ。絶対イケたっしょ」


小さく笑い、剛士は言った。

「……それは、俺がちゃんと過去と向き合って、解決させてからだな」


うーん、と拓真が唸る。

『でもさ。今すぐに悠里ちゃんと付き合ったとしても、何も問題ないよね?』


ゴウと元カノは、あのときにキッパリ別れてるんだしさ、と拓真は言った。

『それでもやっぱりゴウは、過去と向き合うのが先だって思うわけ?』


「……うん」

少しの沈黙を置き、剛士は頷いた。


「ここで逃げてたら、同じことの繰り返しになるからさ。この先、あの人に接触されるたびに動揺して悠里を傷つけるなんて、絶対に嫌だ」


うーん、まぁそれはなあ、と拓真が半分は理解するというように応えた。


『でもさ。元カノとの接触を徹底的に避けるのは、ダメなの?』

「多分別れたとき、そうやって逃げたから、今こうなってるのかなと思うんだ」

『ああ~、なるほどねぇ』


エリカのことを考えてしまうと、まだ胸が鈍く痛む。

こんな状態で、悠里を求めるわけにはいかないと、思う。



「俺の中で何かがまだ、上手く終わらせられてないんだと思う。多分、あの人の中でも。だからちゃんと互いに向き合って……終わらせないと」


『元カノと、またいつか話すってこと?』

「……そうだな」


『それは、』

念を押すように、拓真が問いかけた。

『元カノへの未練ではないんだな?』


「うん」

剛士はしっかりと答えた。

「俺は悠里と、前に進みたいから」



『……うん』

嬉しそうに、拓真が頷いた。

『お前がそう思えるんなら、きっと大丈夫だよ』


剛士の肩を叩いてくれるような、温かく力強い声だった。

励まされた気がした。


『……ま、お前が元カノに流されようもんなら、オレがぶん殴って止めてやるよ』

冗談めかして拓真が言う。


カラオケでの前科もある剛士は、苦笑いするしかなかった。



『頭ん中100パー、クリアにしてからじゃないと、悠里ちゃんには行けないってか』


拓真が笑う。

『ゴウってそういうとこ、律儀っていうか、不器用だよね』


剛士は、ゆっくりと言葉を探す。

「うん、まあそれもあるんだけど、」

『ん?』


「……悠里な。まだ俺と過ごした時間が短いから、自信がないって、言ったんだ。……きっと俺が、不安な思いをさせたせいだ」



そのときの悠里の顔と声を思い返す。

涙ぐんだ大きな瞳。それでも彼女は、大丈夫だよというふうに、にっこりと優しい微笑みを浮かべて、剛士を見上げた――



「だから、これからたくさん、一緒に日常を過ごそうって。2人で話したんだ」


『……そうだったんだぁ』

拓真が柔らかい声で言った。


『悠里ちゃん、これからもお前と、一緒にいてくれるって?』

「……うん」


我知らず、剛士の口元に笑みが浮かんだ。


「悠里のなかで、俺との日常が積み重なって、当たり前になって。俺のこと、好きになって欲しいな……」


拓真が笑った。

『ゴウって、そんな鈍感だっけ』

「え?」


『オレと彩奈ちゃんから見れば、早く付き合えよ!ってくらい、2人の気持ちはハッキリしてるのに』


友人から見た自分たちは、そう見えるのかと薄く微笑みながらも、剛士は答えた。


「時間をかけてあげたいんだ。悠里に、自信持って貰えるように。安心して貰えるように。ゆっくり、関係を築いていきたい」


『……そっか』

拓真が温かく笑った。

『悠里ちゃんの気持ちもわかった上で言ってんだな。ならオレは何も言うまい』

「はは、なんだよそれ」


赤裸々に気持ちを表現した照れを隠すために、剛士も笑った。



『悠里ちゃんが早く自信持ってくれるように。いっぱい、一緒に過ごしてあげろよ?』

「……うん。がんばって、悠里の気持ちを勝ち取る」

『よっしゃ!その意気だ!』

拓真が明るい声をあげた。


『2人の日常に、オレと彩奈ちゃんも入ってるよね?』

「当たり前だろ」

『オレも、彩奈ちゃんも。ずっと2人のこと応援してるからな。ま、大船に乗った気持ちでどうぞ!』

戯けた拓真の声に、剛士は思わず笑った。



『……頭、整理できた?』

優しい声が、耳に届いた。


暖かい気持ちに満たされ、剛士は応える。

「……うん。さんきゅ」


拓真が朗らかに笑った。

『なら良かった。じゃあゴウ、また明日な!今日は、ゆっくり寝な?』

「おう」


言葉にしきれない感謝を胸に、剛士は親友との通話を終えた。

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