piece10 日常になるまで
第71話 剛士はイタズラ好き
気がつけば、ここで話し始めてから小一時間が経過していた。
互いにびっくりして、思わず笑ってしまう。
「ごめん、家まで送る」
「ふふ。まだ遅い時間じゃないし、大丈夫だよ」
「駄目」
切れ長の瞳が真剣に、悠里の目を覗き込む。
「お前を、1人で歩かせたくない」
「ゴウさん……」
じわじわと頬を染めていく悠里を見つめ、ふっと剛士が微笑んだ。
「……まあ本当は、もう少し一緒にいたいだけなんだけどな」
その優しい笑顔と言葉に、悠里は耳まで赤くなってしまう。
「だから、家まで送らせてな?」
「お願いします……」
悠里は蚊の鳴くような声で答え、真っ赤な顔を伏せた。
駅に向かう道すがら、剛士が尋ねる。
「そういえば、ご両親は年末年始は帰国しないのか?」
パッと悠里の顔が輝く。
「そう、帰ってくるの!母は先月に1回戻って来てたんだけど、2人揃って帰国するのは久しぶり 」
嬉しそうな悠里の顔を見て、剛士が微笑んだ。
「そうか。良かったな」
「うん!家族が揃うの、3か月ぶりなんだ」
「お疲れ」
剛士が、柔らかく悠里の頭を撫でた。
「正月は、思い切り甘えとけよ」
「ふふ、そうする」
頬を染め、悠里は微笑んだ。
剛士が、ふと気がついたように呟く。
「じゃあ次に会うのは、冬休み終わってからかな」
「……あ」
確かに、年末年始を家族で過ごすとなると、剛士に会えるのは、また学校が始まってからになる。
「さみしいな……」
思わず、悠里が気持ちを零す。
「……俺、明日拓真に会って、あの楽譜を渡すつもりなんだけど」
剛士が言う。
「お前も来るか?」
悠里が彼を見上げる。
「いいの?」
「もちろん。お前についてきてもらって、買ったわけだし」
悠里の顔がほころんだ。
「嬉しい!良かったら、彩奈も誘っていい?」
「おう」
剛士も楽しそうに微笑んだ。
改札に入る前のスペースで立ち止まり、悠里は、いそいそと電話をかける。
『おー悠里! 待ってたぞぉデートの報告!』
彩奈の明るい声が、すぐに応答した。
「もう。違うから」
予想通りの言葉に苦笑しながらも、自然と悠里の声は弾む。
「ねえ、彩奈。明日って会える?」
『大丈夫だよ!ゆっくり話聞きたいし!どこ行くー?』
ふいに、剛士にスマートフォンを奪われた。
きょとんと見上げる悠里をよそに、剛士が応答した。
「どうも、柴崎です」
『……へ?シバさん? あれ!? まだ悠里と一緒なんですか!?』
彩奈の素っ頓狂な声は、スマートフォンから耳が離れた悠里にも、はっきり届いた。
「うん。これから悠里を送ってく」
笑いながら、剛士が応える。
彩奈の笑い声が聞こえた。
『マジですか!ラブラブですねえ』
「まあな。これからも、たまに悠里を借りるつもりだから、よろしく」
『どーぞどーぞ!悠里をよろしくお願いします』
2人の会話内容で真っ赤になる悠里を尻目に、剛士が本題に移った。
「で、明日な。俺、拓真と会う予定だから、お前と悠里も一緒にどうかなと思って」
『いいですね!4人で忘年会しましょ!』
「さんきゅ。お前には、お礼しないとな」
『あはは。私にはいいから、悠里にお願いしますよ!』
2人は喜々として明日の集合時間と場所を決めてしまう。
「じゃ、明日な」
そうして悠里に電話が戻ることなく、彩奈との通話は終了した。
「面白かった」
笑いながら、剛士が彼女にスマートフォンを返した。
それから、今度は自分のスマートフォンを取り出す。
「拓真には、お前から話してもらおうかな」
拓真へのコールを押し、剛士は彼女にスマートフォンを手渡した。
あたふたと受け取りながら、悠里は上目遣いに彼を見る。
「ゴウさんって、イタズラ好きなんですね……」
「そうかもな」
剛士が、楽しそうに声を立てて笑う。
電話が繋がった。
『やっほーゴウ!待ってたぞー!!デートどうだったんだよー?』
彩奈と同じように、ウキウキした拓真の声が飛んでくる。
「あ、あの……こんばんは、悠里です」
『えっ?あれ?悠里ちゃん!?まだゴウと一緒!?』
やはり彩奈と同じ反応が返ってきて、悠里は頬を赤らめる。
剛士は堪えきれなかったのか、隣りで笑いだした。
『あはは、ゴウが笑ってる!めっちゃ楽しそうじゃん!』
つられるように拓真も笑ったあと、優しい声で悠里に問いかけてくる。
『悠里ちゃん。今日、楽しかった?』
「はい!拓真さん、ありがとう」
『あはは、どういたしまして!これからも、ゴウのことよろしくね?』
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
悠里が応えると、嬉しそうに拓真は笑った。
『オレ、2人のことずっと応援してるからね! あ、あと、オレはゴウの生き字引だから、何かあったら相談乗るよ!』
「あはは」
悠里が声をあげて笑うと、剛士が顔を寄せてくる。
「何の話?」
「ふふ、秘密です」
「何だよ」
笑いながら剛士の追及を躱していると、スマートフォンから拓真の声が響いた。
『おーい!オレを置き去りでイチャつくなってー!』
「あ、そうだ」
ひょいと悠里からスマートフォンを取り、剛士が耳に当てる。
「悪い、お前の存在忘れてたわ」
『コラー!ゴウたちから電話かけてきたくせにー』
「悪い悪い」
そんな軽口を叩き合いながら、剛士は明日の予定を拓真に伝えた。
「というわけで、また明日な。俺、これから悠里を送ってくから」
『はいはーい。ラブラブ~!』
「うっせ。じゃあな」
終始、男子2人が楽しそうな通話が終了した。
「よし。じゃ、帰るか」
当然のように、剛士が手を差し出す。
「あ……」
高鳴る胸の鼓動を持て余しながら、悠里はおずおずと手を重ねる。
大きな手が優しく、悠里を包み込んだ。
今日1日を過ごして、剛士がたくさん、物理的な距離を詰めてくれた気がする。
「 ゴウさん……私、心臓がもたないかも……」
今更ながら恥ずかしくなり、悠里は俯いた。
「じゃあ、お前が慣れて、これが日常になるまで繋ぐ」
剛士は、ぎゅっと手を握り直してみせる。
一気に耳まで真っ赤に染まった悠里を見つめ、剛士は悪戯っぽく微笑した。
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