第69話 声が聞きたかった

剛士は、静かに話し始めた。

「おとといの夜……すごく、お前の声が聞きたかったんだ」

「ゴウさん……」


繋いだままの手を、優しく握られる。

「謝りたかったというのもあったけど。何より、悠里と話したかった」



悠里の脳裏に、あの日の夜が蘇る。


カラオケで剛士が1人先に帰り、離れ離れに帰った夜。

寂しくて、苦しくて、悲しくて。

お風呂の中で、ボロボロ泣いた。


不安に崩れそうだった悠里の心。

温めてくれたのは、スマートフォン越しに聴こえた、剛士の優しい声だった――



悠里は彼の目を見上げ、にっこり微笑んだ。

「私も、ゴウさんと話したかったから、すごく元気が出たんだよ。ありがとう」


「ん……」

大きな手がそっと、悠里の髪を撫でる。

「先に帰ったこと、本当に後悔した。逃げたこと。お前を、傷つけたこと」


剛士の瞳が苦しげに揺れたのを感じ、悠里は首を横に振ってみせる。

「私、ゴウさんが電話をくれて本当に嬉しかったよ。ゴウさんに必要とされてる、気が、して……」


言いながら、だんだん恥ずかしくなり、声が小さくなってしまった。



「……うん」

剛士が彼女の言葉を肯定するように微笑み、しっかりと頷く。


「帰り道、悠里のことを考えた。そうしたら、弱い自分を後悔できたし、本気で前に進みたいって、思ったんだ。だから、悠里のおかげだよ」


「ゴウさん……」

繋いだ手に、柔らかな力が込められた。


「だから……悠里に泣かれても、もし、怒られても。しっかり悠里の気持ちを受け止めたくて、電話したんだ」



あの日の剛士の気持ちに触れ、涙ぐむ悠里の頭を、大きな手が優しく撫でる。


「でもお前は、いつも通りに話してくれた。無理して明るい声を出して、俺を元気づけようとしてくれてたよな。本当はお前……泣いてたのに」



気づかれてしまっていたのかと、悠里は、すまなそうに彼を見上げる。


剛士は小さく微笑んだ。

「わかるよ、それくらい」


「……ごめん、ゴウさん」

「なんで? 俺、悠里にすごい元気貰ったよ。その次の日のカレー、めちゃめちゃ美味しかったし」

「あはは」


本当にカレーが好きなんだなあと、思わず悠里は笑ってしまう。


「喜んで貰えて、ホントに嬉しい」

「だって、俺のために、悠里が作ってくれたんだから」



その言葉に、ふわっと頬が色づいた悠里を見つめ、剛士は悪戯っぽく笑う。

「……って俺、自惚れていいんだよな?」

「……はい」


剛士は本当に嬉しそうに、柔らかな微笑を浮かべた。


「だから、今日はどうしても、お前と2人が良かったんだ」

「ゴウさん……」


「もちろん、彩奈や拓真とみんなで一緒にいると、すごい楽しい。でも、今日だけは悠里を独り占めして、たくさん話したかった。悠里に、近づきたかった。……譲りたくなかったんだ」



じわじわと頬が熱くなり、悠里は彼から、目が離せなくなる。

切れ長の優しい瞳が、真っ直ぐに彼女に向かい、微笑みかける。


「だからかな。昨日、変な誘い方しちゃったのは」



悠里の脳裏を、拓真の声を遮るほどに、慌てて誘ってくれた剛士の姿が蘇った。


『明日!俺、悠里を借りていいか?』

『悠里。明日、俺と付き合ってください!』


いつもとは違う、焦った声。

うっすらと頬を染めた剛士。


『……うん。デート』

悠里を見つめ、甘い微笑を浮かべた剛士――



「あ……」

止めようもなく、悠里の顔が紅潮していく。

そんな彼女を見て、剛士が笑い出した。

「赤くなるなよ。俺、止まれなくなるだろ」


クシャクシャと髪を撫でられ、悠里は真っ赤な頬のまま笑ってしまう。


2人でひとしきり笑い合った後、剛士は優しい瞳で悠里を見つめた。

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