第40話 剛士の傷跡

「あの元カノはね、マリ女のバスケ部だったんだ。2人は知らないと思うけど、1年前までは、勇誠とマリ女のバスケ部って、交流があったんだよ」

「……そうなんだ」

悠里と彩奈は目を丸くする。


悠里は、エレベーターホールで出会った彼女を思い返した。

現在3年生であることを示す、彼女の制服のリボン。

1年前。つまり、剛士が1年生、彼女が2年生だった頃の話になる。


「その交流の中で、シバさんとあのヒトは、知り合ったわけだね?」

彩奈の確認に拓真は頷き、続ける。

「合同練習したり、他の共学の高校に一緒に遠征したり。かなり密に連携してたんだよ。で、ゴウの方から好きになって、告白したみたいだね」

悠里の胸が、鈍い痛みに呻く。

過去のこととはいえ、他の女性の方を向く剛士の話を聞くのは、思う以上に苦しかった。


「去年の6月頃には、付き合ってたかな。仲良かったよ。元カノもけっこう束縛してたし、ゴウとお揃いのもの持ちたいとか、おねだりしてたらしいし」

彩奈が意外そうに目を丸くした。

「束縛とかお揃いとか……ベタベタだったんだね、元カノ」

「うん。そこが可愛いとか、ゴウもデレてたし」

「ちょっと、拓真くん!」

彩奈が慌てて彼を諌め、拓真がすまなそうに悠里を見た。

「ご、ごめん」

ハッとして悠里は笑顔を作る。

「大丈夫だよ!」

不自然な大声で応えてしまい、かえって2人に痛ましそうな顔をさせる結果になってしまった。



重い空気を払拭することができないまま、彩奈が続きを促す。

「……なんで、別れたの?」

彩奈が問いかけると、拓真は眉をしかめた。

「元カノが、勇誠バスケ部の3年……つまりゴウの先輩と、浮気したんだよね」

彩奈は、険しい表情で目を剥いた。

「……信じらんない。最低じゃん」

悠里は声も出せず、目を伏せる。


恋人と、先輩。

信頼していたはずの人に同時に裏切られた。

そのときの剛士を思うと、胸が痛んだ。


「発覚したのは3月、しかも卒業式の日でさ。これに激怒したのが、当時3年生の元キャプテンだった。……この人も、もちろん浮気相手も。卒業して、もういないけどね」

ここで、拓真は沈黙を挟む。


話しても良いことを、頭の中で取捨選択しているのだろう。

何の事情も知らない悠里と彩奈にも、伝わりやすいように。

かつ拓真から話しても、剛士にとって不都合にならない範囲。

両方の気持ちを慮って、自分にできる最善の対応をする。

拓真のバランス感覚と、何より暖かく優しい人柄が垣間見える。



彼は小さく息を吐くと、足を組み替え、話を続けた。

「ゴウは、1年のときからレギュラーで、3年にも可愛がられてたからさ。浮気相手の男に制裁を加えようって、先輩たちが言い出したんだ」


『制裁』という強い言葉に、悠里は息を飲む。

「先輩の怒りに賛同する在校生も、結構いて。しまいには、リンチしてやろうみたいなこと言い出す人まで出てきてね。卒業式終わってから春休み辺りのバスケ部は、結構荒んでたなあ」

「リンチ……」

彩奈がその言葉を復唱して、顔をしかめる。

「……でも、ゴウが止めた。浮気相手の先輩のことを、責めないで欲しいって。庇ったんだ」


悠里は、そっと目を閉じた。

剛士の苦しい胸の内が、見える気がする。

彼は、バスケ部の荒れた空気を治めたくて、浮気相手を庇う行動に出たのだろう。

自分の気持ちを抑え込み、大切な部を必死に守ろうとしたに違いない。



拓真の声は続く。

「ゴウが先輩たちを宥めたおかげで、浮気相手の制裁はなくなった。ゴウは、マリ女のキャプテンにも話を付けたみたい。元カノが制裁を受けないようにね。結局、元カノは退部したみたいだけど」

「シバさん、かわいそう……」

「ほんとだよ」


彩奈の言葉に、拓真は溜め息混じりに頷いた。

「とにかく、ゴウが双方のキャプテンに働きかけたおかげで、騒動は春休み中に落ち着いたんだ。そして、今後は一切の交流をしないという結論になったんだよ」

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