第41話 未練ってこと!?

拓真の瞳が、遠い過去を思い返す。

「……あいつ、いっつもフツーの顔してた。励まされても、逆に揶揄われても、ホントいつも通りだった。でも1度だけ、オレに言ったんだ。『俺、なんなんだろうな』って」


拓真の指が、乱暴に金髪頭をクシャクシャと掻いた。

「あんときのゴウの悲しい声、オレは一生、忘れらんないと思う。だからオレ、あの元カノのこと、大っ嫌いなんだよね」


悠里は、拓真の冷ややかな声を思い返す。

『はあ? 何言ってんの』

彼女に対する拓真の冷酷な態度は、剛士を守るためだったのだ。


辛そうに目を伏せた剛士の顔。

離れ際に見た、彼女の勝ち誇ったような笑顔が、交互に悠里の心に浮かんだ。



彩奈が納得したように呟く。

「……だから拓真くん、『ゴウがマリ女と関わるなんて意外だ』って言ってたんだね」

拓真が目を丸くする。

「オレ、そんなこと言ったっけ」


悠里の脳裏にも、4人で初めて一緒に帰った日のことがよみがえった。

『ゴウがマリ女と関わるなんて意外すぎるもん』

確かに拓真はそう言っていた。

『余計なこと言うな』

剛士が眉をひそめ、拓真の頭を引っぱたいたことも、よく覚えている。


赤メガネの奥にある瞳が、力強く頷いた。

「悠里のストーカーを捕まえた日、『ゴウがやっと恋愛する気になったみたいで嬉しい』とも言ってた」



「……彩奈ちゃん、記憶力いいんだね」

拓真が微笑むと、彩奈は自分の頭を指し、誇らしげに笑った。

「それ聞いたとき、シバさんって、恋愛にトラウマでもあんのかなーって、気になってたんだよ」

「うん。オレさ、ゴウが元カノとのこと吹っ切れずにいたこと、心配してたんだよね」

「はあ? それって未練ってこと!?」


再び牙を剥きかける彩奈に怯えながらも、拓真は答える。

「い、いやいや、元カノに未練があるわけじゃないって」

「なんでそう言い切れんの!?」

「だってゴウのヤツ、すっげえ暗い顔してたじゃん」


拓真が彩奈を宥めつつ悠里を見やり、ニコッと微笑む。

「ねえ、見たでしょ? 元カノと話した後、戻ってきたときのアイツの顔」

拓真は自分の目尻を、指できゅっと下に引っ張ってみせた。


「ほら、こんな感じでさ。すっごい辛気臭いツラして戻ってきたじゃん。あれが、好きな女と会話した後の顔かよ」

拓真が明るく笑い飛ばした。

「それに、もし元カノをまだ好きならさ。あのまま元カノとどっか行くよ、普通に」

「……確かに」

「でも、ゴウはものの10分で、オレたちのところに戻ってきたじゃん!」

「……まあ、そうだね」

彩奈も渋々ながら肯定する。



拓真が優しい笑みを浮かべたまま、静かに目を伏せる。

「……あいつさ、元カノのことがあってから、女の子を全然寄せ付けなくなったんだよ」

「トラウマのなせる業だね……」

彩奈が顔をしかめる。

「うん。あいつ、それまでは男女問わず愛想良いし親切だしで、かなりモテたんだよ? 」


「へえ!まあシバさんはイケメンだし、モテるのはわかるけど、愛想良かったってのは、ちょっと今とイメージ違うかも」

彩奈の言葉に、拓真が頷いてみせる。

「ゴウはね、怖くなっちゃったんだと思う。ヘタに愛想良くして、女の子と関わって傷ついたり……何より、バスケ部の迷惑になったりするのがさ」



悠里は何を言うこともできず、唇を噛む。

すると、励ますような温かい声音で、拓真が言った。

「だからゴウがさ、悠里ちゃんに対して積極的に関わったこと、ビックリしたし、オレは嬉しかったんだ」


拓真が、頼りなく揺れる悠里の瞳を覗き込んだ。

「あいつにとって、悠里ちゃんは、特別なんだと思う」

「え?」

「だってゴウね。悠里ちゃんを見るとき、すっごい優しい顔する。悠里ちゃんのこと、大切なんだって、伝わってくるんだ」


拓真の言葉に、剛士の暖かい微笑が悠里の瞳の裏に浮かんだ。

「オレさ、ほんとに嬉しいんだよ。傷ついたままだったゴウの心を、前に向けてくれる子が、ようやく現れたんだなあって思ってさ」

悠里ちゃんなら、オレも安心だしね!と拓真は微笑んだ。


その言葉に、思わず悠里は涙を浮かべた。

「……私、ゴウさんの助けになれるかな」

拓真の笑顔が大きくなる。

「もう、なってると思うよ?」

ポンポン、と励ますように、拓真は悠里の肩を叩いた。

「だから今まで通り、あいつと仲良くしてやってよ!」


彩奈も深く頷く。

「そうだよ悠里。がんばれ! 浮気しやがった元カノなんかに負けんな!」

言いながら、バシバシと悠里の背中を叩いた。

赤メガネの奥から見える暖かい瞳が、悠里を元気づける。

「大丈夫! シバさんはちゃんと、悠里の方を向いてくれるって!」


泣いてしまいそうになるのを堪え、悠里は2人の笑顔に向かい、微笑んだ。

「うん!」

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