第37話 誰なの?

ひとまずカラオケボックスの一室に入った悠里たちだったが、重苦しい空気を払拭することはできそうにない。

「……まったく。何だよゴウのヤツ」

あんな女と話す必要ないじゃん、と拓真は吐き捨てるように呟いた。


あんな女。

いつもの拓真なら使いそうにない、乱暴な言葉だった。

「……ねえ」

この状況に耐えかねた彩奈が、拓真に問う。

「あの女の人、誰?」


少しだけ間が空いたが、拓真は頷き、小さく笑ってみせる。

「……だよね。そりゃ、聞きたいよね」

彩奈、何より悠里に同情するような、柔らかい声音だった。

「ごめんね、こんな空気にしちゃって」

「いいよ。拓真くんのせいじゃないし。そんなことより」

彩奈はもう一度、探るように言った。

「誰なの? あの、マリ女の3年生。シバさんの知り合い?」


拓真はまた少しだけ沈黙し、すまなそうに一瞬、悠里を見た。

「……あれ、ゴウの元カノなんだ」

「え?」

赤メガネの奥の瞳を歪める彩奈。

悠里は声を出すこともできなかった。



ショートヘアの女性を思い返す。

すらりとした長身。大人びた華やかな美貌。

悠里たちに向けた、勝ち誇るような微笑。

何より、いつもとは違う剛士の姿。

先程、目の前で起こった光景が、ぐるぐると悠里の頭を駆け巡った。


「なんでシバさん、元カノと話しに行っちゃうわけ?」

彩奈が唇を尖らせた。

そのとき、ガチャリと扉が開き、剛士が姿を現す。

「あ!」

いま口に出した不満を、そのまま剛士にぶつけようとする彩奈の手を、悠里はそっと握った。


「お帰りなさい」

そして彼女は、いつも通りの柔らかな笑顔を剛士に向けた。

「……ああ。悪かったな」

気まずそうに目を伏せていた彼は、悠里の笑顔を見て、少しほっとしたような顔をした。

彩奈は、悠里の手をぎゅっと握り返し、何とか剛士への追及を踏み留まる。

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