第2章 2人の日常を積み重ねていきたい

piece1 記憶の束縛

第35話 楽しいボウリング

12月下旬。待ちに待った、冬休みへと続く終業式を終えた。

悠里と剛士たち4人は、いつものように交差点で待ち合わせていた。

2学期終了の打ち上げがてら、皆でボウリングでもしようという計画なのだ。

連れ立って電車に乗り、繁華街へ向かった。


「ボウリングなんて、久しぶり」

駅前のボウリング場に辿り着くと、悠里は微笑んだ。

「私なんか、ボウリング初体験だわ」

「彩奈ちゃん、マジで!? オレとゴウは、結構ここに来るんだよ」

彩奈の言葉に無邪気な笑顔で応えたのは、拓真だ。

その手には、マイシューズが握られている。

「オレ、そのうちマイボール作っちゃうかもしんない」

その言葉に、皆が笑った。

拓真が話すと、いつも空気が柔らかくなる。

知り合ってまだ2か月経たない4人だが、その輪の中で、拓真のムードメーカーたる役割は大きかった。



「よし、2チームに分かれようぜ!」

剛士と悠里、拓真と彩奈という組に分かれ、意気揚々と開戦を告げる。

「よぉし、負けんぞ」

拓真が大袈裟に腕まくりを始めた。


立て続けに2ゲームをこなし、勝負は1対1。

悠里と彩奈は、低レベルな争いに終始したが、剛士と拓真は頻繁に来ているだけあって、なかなかの腕前だった。


「けっこう疲れるねー!」

「いい運動になるでしょ?」

腕を振り、笑った彩奈の声に、楽しそうに拓真が応える。

次は悠里が投げる番だ。微笑みながら、ボールを手にした。

「……小さいの、使うんだな」

悠里の取ったボールを見つめ、剛士は、ふっと微笑した。

「お前、手小さいもんな」

「え? そう、かな」

悠里は自分の手に目を落とす。

瞬間、剛士の大きな手の感覚を、思い出してしまった。

大きくて暖かい彼の手が、自分を包み込んでくれる、優しい感覚――


ハッと気がついたときには、既に悠里の頬は真っ赤に色づいていた。

「悠里、赤くなった! かっわいー!」

それを見て、彩奈が冷やかす。

「もー、どんどんイチャイチャしてちょーだい!」

拓真も笑い、口笛を吹いた。

悠里はその場から逃げるように、慌ててレーンに向かう。


めちゃくちゃなフォームで投げたボールは、はじめからガターになり、情けない姿で転がって行ってしまった。

「ゆ、悠里ちゃん! ナーイス!」

拓真と彩奈は、涙が出るほど笑っている。

「悪い、邪魔した」

剛士までもが、笑いながら悠里を迎える。

「……もう」

林檎の頬をしたままで、悠里はむくれながら着席した。 



4ゲームめは、疲れた女子2人を休ませ、剛士と拓真が一騎打ちを始めた。

1球投げるごとに、2人でわあわあと騒々しい。

女子2人をそっちのけで騒いでいる彼らを、悠里は微笑みながら見つめる。

剛士の、明るい笑顔。

いつも落ち着いていてクールなイメージのある彼が、無邪気に笑っている。

拓真といるときの剛士はいつも、自然体の明るい笑顔だ。

悠里は、拓真とはしゃぐ剛士を見ているのが好きだった。


拓真のリードで、最後のフレームを迎える。

拓真が、残り1ピンを取り逃がした。

最終の10フレームのみに許される、3投目が無くなった。

「うわああ、ちくしょー!」

拓真が痛恨の悲鳴をあげ、金髪頭を抱える。

次に剛士が投げた一投めは、端と端のピンが残った。

「スプリットだ!」

自分の勝利を確信してか、拓真が嬉しそうに叫ぶ。

「スプリット?」

ボウリングのルールを全く知らない彩奈が、不思議そうに悠里に問いかける。

「残っているピン同士が離れていて、全部倒すのが難しいの」

小声で悠里は答える。

声には出さなかったが、次の一投で残る端と端のピンが上手く倒れるように、祈らずにはいられなかった。


剛士は、真剣な表情でレーンの先を見つめている。

バスケットボールの試合のときのような、闘志を秘めた鋭い瞳に、悠里の心は釘付けになってしまう。

剛士が狙い澄まして投げたボールは、絶妙な角度で端のピンにぶつかった。

そのピンは勢いよく反対側に飛び跳ね、残った片側を蹴り倒す。

わあっ、と悠里と彩奈は歓声を上げ、対する拓真は崩れ落ちた。

「ウソでしょ!それ決めちゃう!?」



剛士の3投目が終了し、スコアが表示された。

結局は、僅差で拓真の勝利だったのだが、彼は金髪頭を掻きながら口を尖らせていた。

「なんかもう最後のスプリットで、全部持ってかれたんだよなあ……」

「だねー!シバさん、持ってるわ」

彩奈が笑いながら相槌を打つ。

「試合に負けて勝負に勝ったって感じだよね」


剛士は不敵な微笑で応えると、悠里に向き直り両手を掲げた。

無邪気な笑顔でハイタッチをする悠里と、嬉しそうな剛士。


「……あー、そうだった。ゴウには、勝利の女神がついてるんだよなあ」

「だねえ。あれには勝てないわな」

拓真と彩奈は、うんうんと納得の表情を浮かべ、微笑ましい2人を見守った。

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