第34話 おまけのお話 剛士と拓真

「そういえばゴウってさ、」

ある日の休み時間、ふと思い出したように拓真が彼を振り返る。

「悠里ちゃんが一躍有名になった例の写真、見てないんだっけ?」

「……ああ」

さして興味の無さそうに、剛士は生返事をした。

拓真が悪戯っぽく微笑む。

「見る?」


剛士の答えを待たず、拓真は1人のクラスメートに声をかける。

「ねえねえ。お前、悠里ちゃんの写真持ってるよな?」

「おお、持ってるぞー」

クラスメートは喜々として、コレクションファイルを取り出した。


話題になった女子の写真を収集している彼は、鼻歌まじりにページを捲る。

クラスメートは程なくして、ある1ページを開くと、拓真に写真を手渡した。

「ほら、丁重に扱えよー」

「さんきゅー」

拓真は笑いながら、まるで賞状のような大仰な仕草で写真を受け取る。

そうして悪戯っぽく片目をつぶり、剛士に差し出した。

「ほらゴウ、これこれ!」



見せられたのは、袴姿の悠里だった。

桜色の着物に、えんじ色の上品な袴。

その色合いは、彼女の優しい顔立ちによく似合っていた。

友人と談笑でもしていたのだろう、楽しげな微笑みを浮かべている。


いつもは結ばずに流されている、悠里の綺麗な茶色の髪。

このときは着物に合わせて、横髪を赤いリボンで軽く結っていたようだ。

色白の細い首筋が、和装の美しさを際立たせている。

柔らかさと、凛とした空気感の両方を併せ持ったこの日の彼女は、普段よりずっと大人びて見えた。



「学祭で、大正浪漫風ってコンセプトの喫茶店をやってて。悠里ちゃんは受付嬢だったらしいよ」

写真を見せてくれたクラスメートが、自慢げに解説を加える。

うんうん、と大きく頷き、拓真が微笑んだ。

「な、ゴウ! 超可愛いよね?」


実物はもっと、綺麗だっただろう。

着物を着て、動いて、笑う悠里は。

大きな目がキラキラと表情を変え、柔らかな微笑みを浮かべる彼女は。


クラスメートの言葉も、拓真の声も、殆ど耳に入らなかった。

剛士はただ、写真に納められた清楚な美しさに見入っていた。



「……惚れ直しちゃった?」

ニヤニヤ声の拓真。

「そ、そんなんじゃねえよ」

我に返り、剛士は慌てて悠里から目を離した。

「うわー! 剛士がどもるの初めて見たわ」

ケラケラとクラスメートが笑った。


そして、芝居がかった口調で言う。

「剛士がそこまで言うならば、仕方あるまい!その写真、譲ってやろう!」

「わーさんきゅー!」

剛士が口を開くより先に、拓真が顔を輝かせ、バシバシとクラスメートと剛士の肩を叩く。


「良かったなゴウ!これで好きなだけ悠里ちゃんを見つめられるじゃん!」

「剛士、穴が開くほど見るんだもんなあ。返せなんて、ヤボなこと言えねえわ」

拓真とクラスメートが、口を揃えて囃し立てる。


「剛士ー、お礼は焼きそばパンでいいぞー!」

「いやー良かった良かった。言ってみるもんだねえ、ゴウ?」


剛士は、不貞腐れたように呟いた。

「……俺、何も言ってないんだけど」

「まったまたー! ゴウったら照れちゃってー!だって欲しいでしょ?悠里ちゃんの写真!」

「うっせ」

「耳まで赤くなってんぞ?」


苦し紛れに、剛士は勢いよく親友の頭をはたいた。

「いてえー! 恩を仇で返すとは!」

不機嫌な表情を崩さずに、剛士はガタンっと席を立った。


「あれ?ゴウ、どこ行くの?」

「うっせ。焼きそばパン買ってくんだよ」

「やっぱ欲しいんじゃん!」

拓真とクラスメートが、弾かれたように笑い出す。


2人の方を振り返らず、剛士は足早に教室を出た。

必死に仏頂面を保ってみるものの、染まった頬は、なかなか元には戻らなかった。

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