第32話 ストーカーの処分
「ねえ悠里。ほんとに、ついていかなくて大丈夫?」
剛士からの連絡を知った彩奈が、心配そうに彼女の顔を覗き込む。
「大丈夫」
悠里は親友に微笑んで見せた。
「あちらの先生と話をするだけで、ストーカーの人たちと会うわけじゃないから」
剛士の話では、校長から今回の件についての謝罪と、ストーカーをした3人組の処遇の説明がなされるとのことだった。
「でも……」
彩奈はまだ赤メガネの奥の瞳を曇らせていたが、思い直したように頷いた。
「そうだよね。柴崎さんが、ついてるもんね!」
彼の名を出され、ふわっと悠里の頬が色づく。
それを見た彩奈が途端に、ニヤニヤ笑いを浮かべた。
「大丈夫だよね、安心したわ! ドンと柴崎さんの胸に飛び込んで来い!」
「痛い!」
バシンと背中を叩かれ、思わず悠里は悲鳴を上げる。
目的のずれた彩奈の発言に溜め息をつきながら、悠里は勇誠学園へ向かった。
校門前には、剛士、そして谷が立っていた。
「すまないね、わざわざご足労いただいて」
谷が悠里に頭を下げ、校内に入るよう促した。
「いいえ」
悠里は軽く会釈を返し、そっと剛士を見つめる。
本当は、ここに来るのは怖かった。
『俺も一緒に行くから』
しかし、そう励ましてくれた彼に力を貰い、悠里は校長からの謝罪の申し出を受けることにしたのだった。
なるべく他の生徒に出会わないよう、職員用の出入り口から校内に入り、校長室に向かう。
勇誠学園の校長が、扉の前で彼女たちを待っていた。
品の良いスーツを着こなした、初老の男性教師だ。
悠里は緊張した面持ちで歩を進める。
「……橘悠里さんだね。この度は、我が校の生徒が多大なるご迷惑をお掛けして、申し訳ない」
悠里の目を見つめると、校長は深々と頭を下げた。
悠里も恐縮して、頭を下げる。
「こちらへ」
校長が扉を開け、3人は室内に入った。
谷は校長の隣の席に、悠里の隣には剛士が腰を下ろした。
剛士が隣にいることで、悠里は力づけられる思いがする。
小さく深呼吸し、校長の言葉を待った。
校長は、端的に結論から述べた。
「件の3人は、勇誠学園の分校に転校させることとしました。分校の教諭にも今回の件を報告して目を配ってもらい、深く反省するよう厳しく指導します」
「分校……?」
戸惑いがちに聞き返す悠里。
剛士は下された処分に内心驚きながらも、小声で説明する。
「問題起こした生徒を集めるところなんだ。……生徒間では、島流しって呼んでる」
小声といっても、悠里以外にも、はっきり聞き取れる大きさだ。
剛士の言葉に眉を寄せながら、校長は言う。
「我が校は、退学によって生徒を見捨てることはせず、責任持って生徒を教育する方針だからね」
勇誠学園には退学という罰則はない。
分校への転校が、事実上で最も重い処分になる。
彼らのことを警察に突き出せない代わりに、学校としてできる最大限の処罰がなされることに、剛士は溜飲の下がる思いがした。
小さな島に建てられた分校。
それは逃げ場のない場所で、分校専任の厳しい教員によって、徹底的に管理される体制らしい。
一説によると、学校側が就職先を用意し、卒業後さえ干渉を受けるとのことだ。
学校の評判を守るための、徹底した管理というわけだ。
分校の実体は、いち生徒である剛士は知る由もないが、その厳しい生活は退学の方がましだと言われるほど、恐ろしい噂の絶えない場所であった。
校長は悠里に向かい、言った。
「全寮制の分校で寮内にも教師がつきますから、彼らが今後あなたに関わることは、物理的に不可能です。もちろん、スマートフォンやパソコンの使用も制限され、管理下に置かれます。彼らの性根は責任を持って、叩き直します」
校長の瞳が、しっかりと彼女を見つめる。
「この処罰でどうか、ご容赦願えないだろうか」
小さな沈黙の後、悠里は頷いた。
「はい」
「……大丈夫か?」
確認するように、剛士が問う。
校長、そして谷も、彼女の次の句を待った。
悠里はもう一度、はっきりと頷いてみせた。
「柴崎さんのおかげで、私は何ともありませんでしたし……あの人たちに、もう会うことさえなければ、私はそれ以上は望みません」
校長が、確認するように悠里を見つめる。
「今回の件、学校と親御さんにご連絡は?」
悠里は首を横に振った。
「いいえ。私の学校に言ってしまうと、他の生徒を巻き込む問題になるかも知れませんし、両親はいま海外なので……この件で心配をかけたくないです」
「……そうですか」
校長が応えた。
「こちらとしては、橘さんの意志を尊重します。しかし今後、我々の対応が必要になれば、いつでも言ってください」
我が校はできる限りのことをしますから、と校長は彼女の瞳を覗き込んだ。
悠里は丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます」
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