第6話 晴れた疑いと優しい言葉
「……さんきゅ。助かった」
部活動禁止令を免れた剛士が、息をつき悠里を見た。
「まあ、そもそもお前らのせいだけどな」
「ごめんなさい……」
悠里は、涙を浮かべたまま頭を下げた。
「……あ、あのぉ」
遠慮がちに彩奈が問う。
「本当に、あなたはイタ電の犯人じゃないんですか……?」
剛士は眉を顰め、冷たく答えた。
「当たり前だ」
弾かれたように、彩奈は勢いよく頭を下げた。
「すいませんでした!」
ピリピリとした空気が漂うなか、金髪の男子生徒が口を挟む。
「……オレは、酒井拓真。ゴウの友だち。ゴウは、女の子にイタ電なんかするヤツじゃないよ。オレが保証する」
拓真の人の良さそうな瞳が、じっと悠里たちを見つめた。
「でも一体どうして、ゴウがイタ電の犯人ってことに、されちゃったわけ?」
謝ろうと口を開きかけた悠里を庇うように、彩奈が前に出た。
「すいません。悠里じゃないです!私が、疑ったんです……」
消え入りそうな声になりながらも、彩奈は説明した。
「柴崎さんが悠里を駅まで送ったとき、悠里の名前を聞いて、驚いてたっていうのと……柴崎さんと出会ってすぐに、イタ電が始まったので……怪しいと思いました」
可哀想になるくらい、彩奈は首を縮めている。
「ほんとに、すみません」
悠里がかぶりを振る。
「彩奈は、私のことを心配してくれただけで、何も悪くないです。私がちゃんと説明できなかったから、誤解させてしまったんです」
再び、深々と頭を下げる。
「私のせいです。本当にごめんなさい」
少しの時間、沈黙が訪れる。
「……ふうん。そうだったんだあ」
重々しい空気を吹き飛ばすように、ぷっと拓真が吹き出した。
そして笑いながら、剛士に相槌を求める。
「なんか2人、必死に庇い合ってて、かわいいね」
拓真は悠里に向き直り、優しく言った。
「……橘悠里ちゃん、だよね?」
驚いた表情で悠里たちが彼を見つめると、拓真が人懐っこい笑顔を見せた。
「知ってるよ。橘悠里ちゃん。と、石川彩奈ちゃん。でしょ? キミたち、割と有名だもん」
「……お前、詳しいな」
呆れたように剛士が口を挟む。
「ゴウが疎すぎんだよ」
拓真が、あっけらかんと笑った。
「でも、さすがのゴウも、話題の悠里ちゃんと出会えて、ビックリしたってわけね?」
「その話題の写真ってのは、見たことないけどな」
「何だそりゃ、意味ねえ!」
「あ、あの、それどういう……」
軽口を叩き合う2人の会話に、困惑しながらも彩奈が問う。
「んー。これ言っちゃうと、引かれそうだけどさ」
拓真が頭を掻きながら答えた。
「ウチ、男子校じゃん。だから、定期的に他校の女子をチェックして、情報を回すヤツがいるんだよね」
悠里と彩奈は、顔を見合わせる。
「で、この間のマリ女の学園祭に遊び行ったヤツが、カワイイ子の写真をしこたま撮ってきてさ。それが今、ウチの学校で割と出回ってて……」
「ええ!? キモい!」
彩奈が顔をしかめ、拓真の言葉を遮った。
「失敬な! カワイイ女子を愛でるのは、紳士のたしなみでしょーが!」
「なによそれ!」
拓真の言葉に、彩奈が笑い出す。
この一連のやり取りで、ふっと空気が和んだ。
拓真が優しい笑顔で、悠里を見る。
「……まあ、そんなわけでゴウも、キミの名前を知ってたってだけなんだ。驚かせちゃって、ごめんね?」
慌てて悠里は、大きく首を振る。
「そんな。私の方こそ、いきなり学校に押しかけてしまって……」
拓真と、そして剛士を見上げた。
「本当にごめんなさい……」
「いいっていいって! な、ゴウ?」
「良くはないけどな」
剛士が、拓真の頭を小突いた。
「あの……」
悠里は遠慮がちに、袋に入れた折り畳み傘を、剛士に差し出した。
「傘、ありがとうございました」
剛士はそれを受け取ると、小さな微笑を浮かべた。
「悪かったな、気を遣わせて。返さなくていいって、言っとけば良かったな」
「そ、そんな。お借りしたままにはできませんよ」
「はは、律儀なヤツ」
切れ長の瞳が、柔らかな光を帯びた。
そうして剛士は、労るように悠里を見つめた。
「……どんなイタ電かは、わからないけどさ。あまり、気にすんなよ?」
あの雨の日に聞いた、穏やかで優しい声だった。
「……はい」
思いがけず剛士の口から聞いた励ましの言葉に、ふわりと悠里の胸は高鳴った。
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