食事

「えっ?」

「本来なら転移魔法の濫用は禁止されているんですがね、まあ非常時ですし大丈夫でしょう」

 家。私の家のリビング。一瞬前まで道端にいたはずなのに。私は今起こったことが信じられずに目を白黒させた。

 これって何て言うんだっけ? ワープ? テレポート? いや、さっき魔法って言ってた……魔法?

「禁止って……なんで?」

 混乱のあまり、私の口から真っ先に飛び出したのはどうでもいい質問だった。

「転移先での融合事故が大量発生したからです。転移した場所に既に別のものがあった場合、それと融合したり、下手したら周囲を巻き込んで爆発四散したりしてしまうんですよね。一回だけ見たことありますが、あれはひどかったですよ……本来なら肩甲骨があるべき場所に肛門とデザートナイフがふたつあって」

 私は想像しようとして、やっぱりやめた。

「あとは転移の際の魔力光による光害とかそんなところですね」

「へえ……」

 というか、その魔法でパッと帰れないんだろうか。

「実はこの転移魔法、さっきも試したんですが王国内のどこに行こうとしても発動しないんです。どうしてでしょうね」

「私に言われても」

「ですよね。まあとりあえず食事にしましょう、私が食べられる程度には上等なのを頼みますよ」

 私はショックも冷めやらぬまま、台所の戸棚からカップ麺をふたつ取り出した。上等なの、と言われたことへのあてつけではない。単純にお金がないのだ。

 コンロでお湯を沸かそうとして、靴を履いたままなのに気づく。どうやら、本当にあそこから家まで一瞬で移動したらしい。ただのクレイジーなコスプレイヤーかと思ってたけど、どうやら違うようだ。

 こうなると、警察や精神病院に連れて行くわけにもいかない。「この人、エルフの魔法使いなんです!」なんて言おうものなら私のほうが病院送りだ。かといってこのまま家に置いとくのも不安だ。何をするかわからないし、やけに上から目線だし。

 私はお湯を注ぎながら、あることに気がついた。そもそも、よく考えたら一人暮らしの女子大生の家に見知らぬ男が上がりこんでるのって、すごくまずいんじゃないだろうか?

「……まだですか?」

 すっかり考え込んでいたようだ。彼の声に慌てて時計を見ると、とっくに三分経っていた。

「ごめんね、できたよ。はいコレ食事」

 湯気の立つカップ麺を箸とともに渡すと、彼は大仰に顔をしかめた。

「なんですかこれ、まるでドラゴンの餌だ」

「なるほど、言いたいことは伝わった」

 私はいちいち相手にしないことにして、ずるずると麺を啜る。

「嫌なら食べなくていいよ」

 彼は思いっきり嫌そうな顔でこちらを睨んだあと、箸を手に取った。

 ふん、せいぜい使い方がわからないまま変な持ち方で食べるがいい。なんて思ってたら、彼は以外にも上手に箸を使った。麺を一本つまみ上げ、顔をしかめてつるっと飲み込む。

「この棒は辺境に住むロコロコ民族が使っている食器に似ていますね……おや、見た目に反して味は悪くない。脂質過多ではありますが」

 いちいち辺境の、とか、見た目に反して、とか言うあたりが非常に腹立たしい。どういう教育を受けてきたんだろう。親の顔が見たい。親も美形なんだろうな。なんかめっちゃ腹立つな。

 怒りに任せてスープまできれいに飲み干した。彼も真似をして全部飲み干している。

 いいぞ、そのまま高血圧で倒れてしまえ、と思った。

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