生活
食べ終わったあと一息ついて、私は彼に問いかけた。
「それで、私は何を手伝えばいいの?」
「当面の宿と食事を。帰る方法は自分で探しますから」
「でも、一人暮らしの家に男性を泊めるって、いろいろと不安が……」
彼は「はん」と鼻を鳴らした。
「何を心配しているのかと思えば。それなら心配いりませんよ、あなたは目の前に雄のゴブリンがいたら発情して襲い掛かりますか? 絶対にしないでしょう? そういうことです」
なんだかすごく侮辱されている気がしたし、たぶんそれは間違っていないと思う。そろそろ激情して襲い掛かるのを我慢する自信がなくなってきたので、私は早々に話題を切り替えた。
「そういえば、どんな仕事をしてるの?」
「学者です。モールデンの王立大学でドラゴンの研究をしています。入試の倍率は十倍を超え、そこを卒業してさらに研究者として残ることができるのはその中の数%にも満たないのですよ」
「なーるほど」
学者だったのか。確かにそれなら、このいやらしく鼻につくエリートっぽい感じも頷けなくはない。うちの教授と同類だ。
「実はエリートなんです」
とうとう自分で言いやがった。
「この若さで研究室の主任は例がない、と常々言われてましてね。まあ有能だから仕方ないとは思いますが」
「若いって、今何歳なの?」
「九十五歳ですが」
私は聞き間違いかと思って耳に指を突っ込んでぐりぐりしてみた。
「ね、若いでしょう?」
「いや、年寄りだと思うけど……」
「はあ?」
プライドが傷付けられたのか、端正な顔を盛大に歪ませて反撃してくる。
「それじゃ、そういうあなたはどうなんです? さぞかし若いんでしょうねえ」
「に、二十一歳」
彼はぽかんとした。
私もぽかんとした
「……幼児じゃないか」
「残念でした、もう大人ですうー」
「短命種とはいえ私の五分の一程度しか生きていないわけか。それなら知能が低くても仕方ないな……なんだ、年上かと思って丁寧に話してたじゃないか」
「さっきからうるさいんだけど」
「なんだか損した気分だな……なんだ怒るなよ。ほらほらよーしよしよし」
彼は目尻を下げて私の頭を撫でくり回した。
「気持ち悪い目で見るな! 撫でるな!」
ともかく、こうして彼は私の家に泊まることとなった。
「あんたに貸すベッドはないからね」
「そんなもの貸してもらわなくとも結構だ、私はこの粗末な棚の上で寝るから」
彼は私のベッドに寝転がり、「うーん」と伸びをした。お前が寝転がったその粗末な棚がベッドなんですけど?
「それにしても寝心地が悪いな、ドラゴンの寝藁みたいだ」
私は彼を蹴落とした。
「床で寝てろ!」
ベッドに横になって目を閉じると、苛立ちと困惑とその他諸々の感情が同時に襲いかかってきた。思い返せば返すほど腹が立ってくる。私は何も悪くないのに、なんでこんなことになったんだろう。私は隣に寝っ転がってるやつについて考えるのをやめ、羊を数え始めた。やがて、百三十匹目が上空から急降下してきたドラゴンに攫われたあたりで私の意識は途切れた。
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