約束

 次の日の夕方、彼があまりに外出したいと騒ぐので仕方なく許可を与えた。

 もちろんあんなワンピースで出歩かせるわけにはいかない。彼に買い与えた安い古着は、意外にもよく似合っていた。結局のところ美形は何を着ても似合うってことか。やっぱり腹立たしい。

 外に出て、少し遠くの公園まで歩いた。特に用事があるわけでもない。彼は物珍しそうに周囲を見渡しては、「あれは何だ」と私を質問責めにした。

「信号機? なるほど、面白い。小さな脳で良い方策を考えつくものだ」

 こいつのほうが脳小さそうだけどな。小顔だから。って考えたら余計に腹が立ってきた。

「石畳でも土でもない、これは……溶かした石か? 面白い材料で道を作るのだな」

「たとえ世界が違っても初老の女性というのは道端に集って喋るものなのか?」

「ドラゴンはいないのか? ……そうか」

 長袖長ズボンに加え、帽子で耳を、マスクで顔を隠してるから、周囲に見咎められる心配も少ない。興味が先走ると徐々に嫌味も減ってきたので、私は快適に質問に答えながら歩いた。


「ねえ、面白いドラゴンの話してよ」

 公園のベンチで一休みしているとき、私は彼に尋ねてみた。

「面白い? そうだなあ……ドラゴンフィッシュとか」

「へえ、どんなドラゴン?」

「幼生は竜というより魚の姿をしている。そして生まれ育った川を遡り、滝を泳ぎ登るんだ。滝の天辺まで辿り着けた個体だけが成体になり、そのまま空中へと舞い上がる。何百匹の中からせいぜい数匹しか成体になれないから、その瞬間はなかなか貴重でな」

 ん? それはドラゴンの話かな? 鯉ではなく?

「毎年その時期は観光客で賑わうんだ。その滝はエルンの観光名所だからな」

 エルンがどこなのかは知らないけど、楽しそうだ。

「へえ、見てみたいかも」

「来るか? 私が帰るときお前を連れて戻ってもいいぞ」

「いやあ……」

 ほんの少しだけ行ってみたい気もするけど、私はその申し出を断った。気軽に行き来できるならともかく、いちいち暴走ドラゴンに撥ねられたくはないからだ。こっちだと暴走トラックとかになるんだろうか?

「じゃあ、これをやろう」

 彼は首飾りをひとつ外して私に差し出した。

「転移の目印になるものだ。これが座標を示してくれるからな、万が一お前が私の世界に迷い込んでも問題なく見つけ出せる」

「なーるほど」

 銀色で、何かの花を象ったデザインだった。

 割と好みだったので、受け取って首から提げてみた。

「似合う?」

 彼はしばらく私を見てからふいと顔を背けた。

「……ドラゴンにも衣装だな」

 なんとなくだけど、言いたいことは伝わった。

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