衝突

 最悪の出会いから一週間。

 私がようやく彼のいる生活に馴染み始めた矢先の出来事だった。

 それは二人で横断歩道を渡っているときのこと。エンジンの唸り声を引き連れて、私たちの横合いからトラックが飛び出してきたのだ。

「いいか? ドラゴン飼育法改正以前の飼育環境はそれはもう劣悪で――」

「あっ」

 一瞬のことだった。逃げなきゃ、とか危ない、とかそんなことを考えるような時間さえなかった。私は背中にどんっと衝撃を受けて道路に転がり、目の前が一瞬真っ白に染まった。固いアスファルトで胸を打ち、うっと息が詰まる。あれ、轢かれた? 私、死んだ?

 慌てて起き上がり、周囲を見渡す。右手、ある。左手、ある。足も両方あるし出血もしてない。五体満足。ほっとしたところで、彼がいないことに気がついた。どこにもいない。跳ね飛ばされたにしてもどこかに転がっているはずだ。あいつどこ行った。

 道路の真ん中できょろきょろする私を不審な目で見ながら歩行者が通り過ぎていく。

 背中に残った感触はトラックのものではなく、彼の掌のものだった。私を突き飛ばして、トラックから助けてくれたのだ。

 いけ好かない奴だったけど、命の恩人だ。お礼は言わなきゃ。どこに行ってしまったんだろう。あんなに目立つ風貌してるんだ、すぐに見つかりそうなものなのに。

 まるで蒸発したみたいに、彼は忽然と姿を消していた。

 よくわからないことになった。

 どうしていいのかわからないまま、呆然と立ち尽くす。いつのまにか信号は赤に変わっていて、私はクラクションに押されるようにして歩道まで歩いた。


 ――ドラゴンに撥ねられました。


 初めて会ったときの言葉が脳裏に響く。

 私はあることに思い当たった。よくわからないけど、ひょっとしたらドラゴンに撥ねられるのもトラックに撥ねられるのも同じなのではないだろうか。なんか魔力エネルギーと物理エネルギーがごっちゃになってるみたいなこと言ってたし。

 だとしたら。彼は私を庇ってトラックに轢かれ、そこに首飾りの転移術式が炸裂して、結果的に彼の世界に帰ることに成功したのかもしれない。ダンケルク王国のモールデンとかいう街に。

 そう思うことにしよう。

 首飾りをピンと弾いて、私は歩き出した。

 せいせいしたと同時に、なんだか少し寂しかった。せっかく買ってきた服とかノートとか、捨てないといけないな。腹立つことばかりだったけど、私はきっといつの間にか、少しだけ、ほんの少しだけ彼のことを気に入っていたのだ。

 まあいいや。

 もう二度と会えないと決まったわけじゃない。

 ひょっとしたら私がまたトラックに撥ねられて(まだ身体のあちこちが痛いので正直とても嫌だが)、彼の世界に迷い込んでしまうことだってあるかもしれないじゃないか。

 そのときは彼に会いに行こう。家に押しかけて居候して、出されたオーガニックな竜の肉は「豚の餌かと思った」って言ってやるんだ。豚について聞かれたら研究で使ってそうなノートを勝手に使って絵を描いて説明してやる。それからエルンの滝にドラゴンフィッシュを見に行くんだ。

 ああ、やりたいことがたくさんだ。

 私はくすくす笑いながら家路を辿った。

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