2:名も無き者の溜息
数えることすら諦めたいくつもの夜を越えて、ようやく僕は此処まで息をしてこれた。
教室の窓の向こうを、そこまで遠すぎない距離なのに遠くに感じる街の景色を、じっと眺めてみても状況が変わってくれるはずもなく、ただただ何となく息をしてご飯を食べてクラスメイトと勉強して、保健室に行って健診を受けて、夜を迎える。
学校に通っている生徒は皆、街に選ばれた特別で特殊な人間だと大人達に散々聞かされていた。だから、最初から僕達に「名前」が無い。基本的には施設の人が管理している番号で呼ばれている。
生まれた時から施設で育ち、外の世界に出ることは中々許されなくて、箱庭の中で淡々と生きているようなものだった。特に誰も疑問を抱かず、物心ついた頃からそういうものだと思っている。
成人になれば施設から出て自由になれるらしいけれど、そこまで悠長に待てるほど僕達は大人でもなかったし何も考えずにあれこれ言う小さな子供でもない年頃になってしまったから、もどかしくて難しい。
僕達はきっと誰よりも自由に飢えている。
何度も何度も外の世界に憧れて、諦めてを繰り返したり、皆で未来の話をしたり「もし街で暮らせるなら何をしたいか」なんて想像して。
街の人は番号ではなく個の名前で呼び合っているらしいよ、と憧れるように話したのは誰だったか。
雪が溶けて、春になればまた新たな一年を迎える。施設から出られるのはあと何年か、その頃には、僕はまだ自由を願えているのだろうか。どうやって生きていけるだろうか。先の話はあまりにも遠くて遠くてうんざりし始めていた。
誰かに吐いてもどうにもならない不満と覚えたての不安を抱えながら、同じことを繰り返すつまらない日々を過ごすんだろうなと呑気に考えていた。
四月一日。誰でも嘘が許されていた日の、雷雨が酷かった夜。
誰もいない森の近くで、あんなものが見つかるまでは。
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