名も知らぬ僕達よ

源彩璃

プロローグ

1:彼らへ捧ぐ話

 おはよう。この辺では見ない顔だね。

 今日隣の市から引っ越しをしてきた? 此処を移住の地にするなんて変わってるんだね。いや、悪い意味じゃないんだけれど……気を悪くしたならごめんね。

 此処はとてものどかで過ごしやすいし、空気も澄んでるから住むには最適な街だよ。住んでる人達も新しい人は大歓迎って感じだから親切にしてくれるし、分からないことがあったら何でも聞くといいよ。大体は答えてくれると思うから。

 ただし、此処に住むからにはある掟を守らなくてはいけない。郷に入っては郷に従えって言うじゃない? 何も難しくないから大丈夫。よく覚えておくといい。


 ちょっと遠いけど見える? あの大きな森には絶対近付いちゃ駄目。看板もただ「立ち入り禁止」って書いてあるだけじゃなくて「あなたの大切なものを失わないように」と目立つように書かれてるからね。

 何でって? よくは知らないけど呪われてるだとか、一度入ったら二度と来た道に帰ってこれないとか、夜中になると誰もいないのに森の奥から人の声がするとか、バラバラ死体が見つかるとか、曰くつきの噂が結構あるんだよね。


 あ、怖い話駄目? ごめんごめん。多分うっかり森に入らないように大人達が広めただけだと思うんだけど。

「あの森が守ってくれるおかげで、この街の人は穏やかに暮らせてるから罰当たりなことをするな」とも口酸っぱく言われたこともあるから、きっと怖いだけじゃないのかも。害獣でもいるのかな? まあちょっと森の雰囲気って不気味だし、特に夜だと真っ暗だから誰も近寄りたがらないんだけどね。だって、小さい頃から散々聞かされるんだよ? この街に住んでる人みんな知ってるちょっとした怖い話ってわけ。嫌だよねー。

 そうそう、あともう一つ。これは大事な決まりなんだけど。


 ――この街の学校に通ってる生徒達には近寄らない方がいい。


  学校の隣の施設で暮らしてるから滅多に外には出てこないんだけどね。仲良くしても駄目、挨拶さえも出来ないんだって。何でかっていうと……あ、やばい、呼ばれちゃった。とにかく二つの掟さえ守ってくれれば大丈夫だよ。制服で分かるから。

 じゃあ早く慣れるといいね。

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