ボディ・エクスチェンジャー

角伴飛龍

ボディ・エクスチェンジャー

 「是非やってもらいたい仕事があるんですよ。要件はただ一つ。3丁目の交差点を車で、決められたタイミングで通っていただきたいのです。」


 今本は吉祥寺のいかがわしい雑居ビルを後にし、あの人が言っていた言葉を繰り返していた。サイトを徘徊して見つけたこの仕事だが、改めて人の口で言われると、えも言えぬ雰囲気を感じる。

 某有名大学を卒業して、友人との協力でビジネスを立ち上げ、初期の頃はそれなりにうまくいっていた。だがある案件の失敗以降、業績は崖崩れのように落ち込み、会社は倒産した。子供の頃に見たドラマで、地方の企業が成功していくというものがあった。それ以降ビジネス本を読み漁り、夢に向かって突き進んだ。しかし結局、人生というものは運で作られるものだと今本は再認識していた。


 今本は車を持っていなかったので、近場のレンタカー屋でなけなしの金を使って車を借りると、すぐさま目的地の近くに車を走らせた。さっきの事務所で渡された携帯電話でタイミングを知らせると聞いていたので、連絡があるまで近くのコンビニで待った。

 30分ほどして、連絡が来た。「16時39分12秒のタイミングで交差点を横切ること」と来た。今本は言われた通りに車を走らせた。幸い道路に車もなく、言われたタイミングで交差点を横切れそうだった。そしてちょうど言われたタイミングで交差点を横切った途端、今本の視界は真っ黒に途切れた。そして感覚もなくなり、意識が遠のいた。


 気がつくと、今本は病院の集中治療室にいた。手首にはあらゆる管がつながれ、体のいたるところが固定されていた。すると一人の黒尽くめの男が現れて、今本にこう言った。

 「気がついたようですね。これがあなたの仕事ですよ。よく言えば保険金受取人。悪く言えば当たり屋、です。」

 今本は今、これが言われた通りにした結果だと再認識した。そして途方もない後悔の念にさらされた。

 「あの。ありがとうございました。もうこの仕事はいいです。確か辞めるのは自由と契約書にありましたよね。」

 今本は、黒尽くめの男が困るだろうと考えた。こんな不確定要素の多すぎる仕事が、人なしでうまくいくはずがないと思ったからだ。だが黒尽くめの男は意外にも、「もちろんです。この怪我が治れば、すぐにでも退職の届出をして構いません。」と答えた。


 今本は、数ヶ月を病院の中で過ごした。怪我は日に日に良くなっていた。だが同時に奇妙なことに感づいていた。この病院には医者と看護婦以外の人もいなければ、見舞いの人すらいないのだ。いるのは前述の医者と看護婦、そして自分と同じような患者たち。そしてもう一つ奇妙なことに今本は気づいた。病院のどこにも鏡がなかったのである。そのせいで今本はこの数ヶ月間自分の顔を見ずに過ごしていた。

 退院の日になって、今本は医者にこうしたことを言われた。「是非ともお体に気をつけてお過ごしください。そしてもう一つ、あまり自分の姿の写るものを見ない方がいいですよ。自分の姿に衝撃を受けるかもしれない。」

 交通事故でひどい顔になってしまったから、それを見ない方がいいという配慮だったと今本は認識した。そして今本は数ヶ月ぶりにアパートに戻った。そして久しぶりにゲーム機を起動して、その楽しさに酔いしれた。そういえば事務所に行って退職届を出そうと思ったが、明日でもいいだろうと今本は思った。


 そして夜、今本はどうしても自分の姿を見たいという欲望を抑えられずにいた。そして洗面台に行き、自分を見た。今本は絶句した。そこにいたのは、自分ではなかった。今まで慣れ親しんだ自分の姿ではなく、まるきり別人の姿がここにあった。幻覚でも見ているのかと今本は思い、顔を何度も叩いたり、少しベッドに横になってからもう一度鏡を見たが、そこにあったのは変わらず別人だった。 

 今本はなぜかふらっと外にでた。今起きていることが信じられず、いてもたってもいられなくなった。これは夢だと思い、外に出れば夢も覚めると外に出た。そして今本は不意にレンタカーを借りて、道路を所狭しと走った。もう車はやめようと思っていたのに、なぜか今本は車で走ることの欲望を抑えられなかった。そして体が操られるように今本は車を走らせた。そしてある交差点に差し掛かった時、今本はまたもや、意識を失った。


 気がつくと今本は、またしても集中治療室にいた。またしても全身を怪我しており、手首には管がつながれている。そしてまた黒尽くめの男が現れ、今本にこう言った。

 「気がついたようですね。コードネーム『イマモト』。これがあなたの仕事です。神経チップを埋め込んだ身体を入れ替えながら保険金を目当てに怪我し続け、そしてまた身体を入れ替える。保険金をもらい、怪我して使い物にならなくなった身体は、使える部分を売買に回す。ボディ・エクスチェンジャー。これが私のビジネスです。」

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