8.模擬戦闘①


「そこへ直れ新人ども! 今日という今日は開きにしてくれる!」

 珍妙な一行がパーティを組んでから二十六日目、シュウが声を荒らげた。

 三番目の研究所、クロウ研究所訪問を終えた翌日のことだった。


「ここまでだるいお守りってのも久しぶりだ。お前らがここまでの訪問でやったこと覚えてやがるってのかあぁ⁉」


 シュウが吐き捨てるように言う。

 言葉尻はいつにも増して荒々しい。


「ちょっと他の部屋にうかがった隙に研究員の人とお話していました」とはイオルの弁。

「ちょっと機械の設定をいじっていました」とカナキの弁。

「じっとできんのかお前らは!!!」


 それらを聞いて、無事シュウの堪忍袋の緒は終焉を迎えた。


「お前らの任務に対する情熱はよぉーくわかった。……だがな、こうも勝手に動かれちゃあこっちがたまったもんじゃねえんだよ」

「特に事務処理が、とか?」

「そうそう特に事務処理とかな……ってんなわけあるか。ただ単に気にいらねーんだよ、そのお前らの姿勢がな。お前らがこの研究所めぐりでやったことといえばなんだ? 建設的な意見を述べるでもなしに、次から次へとうろちょろしくさってからに」


 手持ちの軍資金も心もとなく、最寄りの協会支部に身を寄せている彼らは今、訓練場というには些かこぢんまりとしたスペースに相対していた。訓練場らしく剣や弓矢が乱雑に置かれており、かと思えば何が入っているか定かでない木箱や謎の土嚢、はては周りのサイズ感バグを起こす大岩も鎮座していたりなど、ポジティブにいえば趣深い。が、いかんせんカオスである。


「ちょっとばかし特殊な石だってのは聞いてるさ。オレもやるこたあやる、仕事だからな」


シュウは嘆息する。そして拳を握りしめ、解いた。


「だがお前らはそれに値するのか? オレが監査役をするのに十分な人材なのか? それを今から試させてもらう」


 やっぱりオレは実践派なんでな。

 そう言って、シュウは腰に下げていた剣を抜いた。


 すらり、という独特の音。

 シュウはそれを気に入っている。

 彼の手にとても自然になじむそれは、今しがた磨かれたように鋭く光る。


「まさか剣一本の一般人に、ディプシライト二人がかりで負けるはずねえよな? たとえそれが、どんなずぶの新人であろうと」


 鼻で笑ってシュウが構える。


「武器をとれ」


 カナキは動かない。イオルも、何かを構える仕草はない。


「ほぉ、どっちも得物なしか。それともそれすら必要ねえってか……なめてんじゃねーぞてめえら!」


 怒号をあげた次の瞬間、ひゅん、という音とともにシュウがイオルの目の前に躍り出る。目を見開き、硬直したイオルに向かってためらいなく剣を突きだす。


(っ、やられ、る――)


 ガキィッ!


「イオル、目をあけて」


 とっさに目を瞑るイオルに聞こえてきたのは、金属音、ついで澄んだ声だった。

 カナキが左手首でシュウの切っ先を受けている。何かを仕込んでいるようだ。


「それから距離をあけて。こわばっているなら、まず呼吸」

「っ、わ、かっ、た」


 イオルの硬直がとける前に、カナキは剣を振りはらい、シュウの懐に入る。が、


「遅え」


 一呼吸分早く動いたシュウの蹴りが、カナキの脇腹にヒットした。


「ぐっ……」


 うめきながら後ろに下がる。

 ひとまず動けるようになったイオルの元へ向かう。


「イオル、あんた体術は?」

「並……はいウソです盛りました。そりゃあ一般市民の方々の中なら動けるほうだけど……中の下だよ、ディプシライトの中では。ほとんどこれに専念しててさ、あんまり時間もなかったんだ」


 そういうと、イオルは手の指をバラバラに動かした。

 準備運動、とだけ彼女が呟く。その瞬間、イオルの白にくすんだ灰髪が、茶色で支配された訓練場に火を灯すようにうっすらと輝きだす。


「イオル……あんた、髪が」

「うん、これね、調べたらほとんど髪の毛じゃないんだって」


 銀髪と形容しても云いそれは自由気ままにうねり、舞い、徐々に五指からも同じものが顕れた。


「これはディプシウム。アウル研究所で見た、あの取れたてほやほやのと同じ。『なんでか体内のディプシウムそのものを操れる』、これが私の力」


 言いながら、単純に幾度か撚っただけの矢もどきを錬成すると、腕を交差し五指から射出する。ヴン、特殊な風切り音のそれは短く千々とし、単純な動きながら手数だけは豊富なようだった。


「はっ……これがあの上役ジジイが隠してやがった糸ってやつかよ……っ!」


 シュウがうざったそうに薙ぎ払う。


「形状は?」

これが一番しっくりくる」

「典型的な距離かせぐタイプね」

「正解」


 千の矢に対応するシュウから目を離さず、短く情報をやりとりする。

 間延びしがちなイオルの声も、今はピンと張っている。


「じゃあ今度は俺の番かな。紹介がてら行ってくるから援護できそうならよろしく」

「口頭のほうがいいんですけど! わたしみたいに!」

「そんな暇あったらなます切りでしょ俺たち!」


 構えなおしたシュウが突進してくる一瞬前にカナキが駆け出す。

 迎撃へ体制を替えたシュウが剣を振る。

 それをひらりとかわすと、カナキは手近な木箱に飛び乗り、そのまま別の木箱へ飛び移った。


「ちょこまかと……!」


 シュウも負けじと後を追う。剣と拳が交錯するたび、木片が舞う。


「とりあえず落ちろや!」

「そう簡単に落ちるわけないでしょ!」


 振り下ろした腕をそのままに体を回し、カナキはシュウの足を払う。

 体勢が崩れたところで、着地と同時に彼の顔面めがけて膝を叩きこんだ。


「さすがにちったぁやるか!」


 舌打ちしながらシュウが顔を押さえる。呻いた空隙をついて、最大限距離を取る。


「俺の能力、わかった?」


 わかった、かもしれない。イオルは思う。

 カナキの身のこなしは軽かった。跳躍は重力も感じさせず、膝蹴りは空気抵抗を感じさせず――感じさせすぎないほど。


 どう見ても痩せぎすで、膝蹴りなんてしようものなら本人の膝にダメージが入りそうだ。おそらく喧嘩もそれなりの運動も積んでいないはずの彼の身体で、なぜここまで動けるのか。


 現実味がない。そうイオルは解釈した。

 『この肉体に慣れていない』。



「肉体の強化。たぶん、『超強化』レベルの」

「まあ大体正解ってとこかな。正確には――」

「――『活性化』だ」


 カナキは目線だけイオルへ振り返り付け加えようとして、やめた。

 シュウが割入ってきたからだ。シュウは脳内の情報を引き出すように静かに口を開く。


「『世界で一番綺麗なディプシライト』、カナキ・シュレイラ。

 通常、血液や細胞が入り混じることで大なり小なり濁りのある石を析出する人類の中で、限りなく透明な赤い石を析出したただ一人の人類。おそらくは遺伝情報そのものが入ったことによる肉体の超強化。


 そしてイオル・レイウェンダム。

 成人を迎えて尚ディプシウムの析出が起こらない稀有な肉体と、極めつけは髪として付属されたようなディプシウムおよびその操作。なるほどなるほど、確かに珍しい。アホほどな」


 シュウの言葉にイオルが息を呑む。


「でもな、それがどうした? 俺は今ここにいて、お前らはこれから俺にこてんぱんにのされる、後にクビ。それだけだ」

「……っ、ちょっと性急すぎな気がするよ?」


 言いながら、再度簡素な矢をあるだけ撚り射出する。

 今度は上空に向けて放たれたそれらは、間髪入れずにシュウの頭上を叩くはずだった。

 だからこそシュウはそこから離れるはずで、距離が取れるはずで、呼吸が整うはずだった。

 けれどシュウはそこから動かず、迎撃の姿勢を取る。


「貫通能力はなし、強度もそう強くない、そしてなにより、遅ぇっ! そんなんで隙ができると思ってんのかぁ⁉」


 ゴアッ――重たい風の音、閃く剣。

 瞬きの間にシュウの周りの糸が切れた。


「うわっ!」

「イオル!」


 咄嵯に後ろへ飛ぶカナキだったが、間に合わない。

 そのまま地面に叩きつけられ、転がりながらも受け身を取る。

 隣を見ると、風圧をもろに食らったイオルが喘いでいる。


「イオル、気合でもう一回さっきの!」

「うえ……だ、……って効いてなかったじゃ、」

「時間稼ぎで合ってる!」


 叱咤しながら、起き上がる動作とともにイオルを担ぐ。

 そのままこの訓練所一番の高さを誇る大岩へ駆け上がる。直前に、イオルが「置き土産……」と呟いて、見ればさっきより更に粗い矢が下で舞っている。置き土産の名の通り、どこからか空き瓶を調達してきては糸で吊り上げ揺らめかせ、シュウの視界の邪魔をしている。


「ったく……手数ばっか増やしやがって、コスいんだよ」


 シュウがこちらをねめつける。


「おイオルは遅い」

 ぶちり、糸を引きちぎる。


「おカナキのは軽い」

 がしゃん、瓶を薙ぎ倒す。


 シュウは嘘みたいに静かに言った。

 静かなくせに、彼ら以外誰もいないこの空間にいやに響いた。


「てめえらはいつもそうだ、能力にかこつけてナビゲーターごとき下にみやがる……大したことも出来やしねえくせに。ただの戦闘訓練を積んだ一般市民オレとさして違いやしないくせに。ディプシライト、の響きだけで勝った気になっていやがるクソな奴ら! オレはそんな頭の沸いたおめでたい連中が大、っっっっ嫌いだ!」


 迷いのない足、圧倒的な剣さばき。

 燃えるような眼光。ナビゲーターとは名ばかりの、見事な剣使いがそこにいた。


「ぼさっとしてっと一般人にやられちまうぜ、天下のディプシライトさんよぉ!」


 その一流の男が激昂している。

 彼らには与り知らぬ、けれどいつか負った傷のせいで。それは猛々しくもあり、どこか空虚であり、そして哀しかった。

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