7.アウル研究所②


「彼にも小さい子供が居たと思うのですが、今は何をしていることやら……セルディード博士は研究所と住居を同じにしていたみたいですから、お子さんもそのあたりの研究にはかなり触れていたと思うのですが。もしいるなら、この分野をさらに発展させてほしいものです。まだまだわからないことは山のようにある」


 灰色の装置を慈しむように撫で、しんみりとした空気が支配した。

 それからしばらく、そんな雰囲気を払拭するかのように装置の細かな説明が続いた。ほぼ全員、わけもわからず聞いている。


「ってててて……」


 唐突にイオルがうめく。


「どうしたのイオル」

「なんかずーんって頭が重たくって。……頭痛っぽい感じ?」


 こめかみをさすりながら、栄養が足りない、とごちた。


「知的な話ばっかだからな、知恵熱ってやつじゃねーの」

「どっちかっていうとシュウにこそ起こる現象であって……っていたい痛い痛い! いまかなりはっきりと痛い!」


 拳骨でこめかみをぐりぐりするという、かなりベタな痛めつけ方でシュウはイオルの口を封じた。


「先程から面白い方々ですね」


 シュウとイオルを一歩ひいて眺める体で、年老いた所長が笑う。


「多分この距離感がベストです。身近に置いとくとなると、結構かなり面倒で」


 カーター氏の楽しそうな目に、カナキは切実に訴えた。

 数日の付きあいだが、この手のやりとりはお腹いっぱいである。


「しかし君は、あの二人より理解が早いようだね。この装置の機能についても、特に混乱はしていなかった」

「趣味の一環です。読書全般が好きで……まだ開拓したての分野ということもあって、素人でも入りやすい。だからあの珍獣たちよりは基礎知識があるってだけです」

「それでも大したものです」


 先の二人はあれからずっとコント状態で、実質話を聞くのはカナキ一人である。

 イオルはまだしもナビゲーターさえこの始末。

 カナキは、自身にこそ頭痛の心配がいるんじゃないかと頭を抱えたくなった。


「それにしても、大量精製というには少し量が控えめなような……ディプシウム回収容器の大きさからすると、もっと採れるように思えてしまって。あとはずっと気になってたんですけど、あの突き刺さっている棒は? 装置の性質上、正直あまり意味のあるものでもなさそうですが」


 苦し紛れに素朴な疑問をぶつけてみる。

 いい加減調査をしにきている体をださないと、他の研究員の目も怖い。


「ああ、やっぱりそう思いますか。

 使いすぎか、昔よりどうにも設定した量より少なくなっていて。まあ採れはしますし、実際ディプシウムを使って実験するのが本来のここの仕事ですから。採れているのであればまあいいかと思って、そのままなんですよ。


 あとあの棒ですが、ありゃ意味がなくて当然です。かつてのセルディード氏が、唯一装置につけた注文だと聞いています。彼いわく、『寝起きのぼくの前髪そっくりのほうが愛着もわくでしょう』、なんだそうですよ。そういう男だったんです……昔からね。まあですが、やっぱりあの棒には特に意味もないし、けっこう邪魔になるってことで、あのデザインは初期に出回ったものだけですよ。ここも入れ替えてもいいんですが、私なりの個人の偲び方、ということです」


「そうですか……きっと素敵な方だったん、で――」


 カナキは相槌を打とうとして、結果失敗した。

 シュウの肘打ちでバランスを崩したイオルが、奇跡的なバランスで成り立つ書類の山に突っ込むのをリアルタイムで目撃したからである。

 その瞬間、ずっと好々爺を保ってきたカーター氏が修羅に化けたのを見て、カナキはやっぱりまたこめかみが痛くなった気がした。



***



「あ、あのそういえばなんですけど。……ここは昔、違う名前だったりしたんですか?」

「ええそうですよ。しかし、それが何か?」

「いえ、この写真、建物はここだけどシリウス研究所って書いてあるから」

「名称変更したんです」


 帰り際。

 イオルがふと投げかけた質問に、カーター氏は遠くを見るような目で言った。


「ディプシウム関連の研究施設は昔からありましたけど、研究成果が地味すぎて資金も振り分けてもらえず冷遇されていましてね。それを一躍世界の目に引っ張り出した彼に敬意を表してディプシウムの研究施設は鳥の名前を冠するようになったんですよ。『イーグル研究所』から新たに飛び立つ意味を込めて、ここのアウル研究所、みたいにね」

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