5.作戦会議


「それだけお偉い人たちっていうのは適当なんだっての! 

 んな適当な指示で現場でこき使われるオレだって十分可哀そうに値するだろうが」


 半分涙目でシュウが言った。

 喚くシュウから五度ほど角度をずらし、カナキがさも興味なさそうに相槌を打つ。


「とりあえず問題があるっていうのはわかってるわけだから、全国地図でも見てみたらなんか出てくる、のかな。さすがにそういう類の地図はあるんでしょ? 腐っても協会名乗ってるわけだし。腐っても」

「二度は言わんでいい」


 決まり悪げにつぶやくと、シュウは大きな紙を広げて見せた。


「ほれ幼児以来だろ、この国の地図なんてよ」

「いつ見ても丸いよねえ、この国」

「本当にね」


 この国はイオルたちの言うように、どちらかといえば楕円に近い。

 国土と同じ規模の湾に接する南側は海産業が発達し、必然的に北側は農業が発達した、良く言えばバランスのとれた、悪く言えばこれといった特徴がない国である。


「お前ら丸い丸いって、それしか言うことねえのかよ……ディプシライトにとって関係ありまくりだろうが」 


 しかし十年ほど前、世界のあらゆる研究者の動向を変えた研究機関を世に送り出したことにより、近年異常なスピードで躍進を続けるディプシウムに関する研究大国という側面ももっている。


「で、どんな風にバランスが悪いの?」

「現在だとこんな感じになってるみたいだな」


 シュウは二枚目をめくる。


「濃度高めの警戒区域はーっと……三十四ヶ所ぉ⁉ 行くだけで年単位ものじゃん」

「濃いだけじゃねえ、薄いとこだって問題なんだ。薄いところは箇所というよりは地域、ってレベルだが。薄いところは、ディプシウムが濃いところより該当する場所が広範囲、ってのも特徴だ」

「それにしたって薄いところは広すぎるね。情報だって似たようなものだろうし、ここを細かく調べるのは無理筋だと思う。となる高濃度区域の調査が手っ取り早そうだけど……どうせ調べつくされてるんでしょ? 数年前からって話だし、そもそも隊長の言う通りここはディプシウム研究立国。その手の専門機関が調べ上げてると思うんだけど」

「いや、そうでもねえ。何せこのチームが組まれるくらいには刻々と濃度マップの状況が変わってきてて、その変化に対応しきれてねえんだ。だから協会に話が振られた。まあ研究機関サマのおかげでこんなマップは出来てるが、実地調査となるとなかなか難しいんだろうさ」

「あれ、この辺って確かそーゆー研究所なかったっけ? シ……」


 高濃度区域のうち、一つを指してイオルが言う。現在地から比較的近い所だった。


「その辺りだとアウル研究所だろうな。国内じゃ最古の部類だ。しかしまあ、よくそんなマニアックな情報知ってんなお前」

「アウ……? ……あーそうそう! アウルとかそんな感じの名前の。アレだよほら、教科書のコラムから覚える派」

「どうでもいいのから覚える派ね」

「そう言うカナキは王道クソデカ赤文字から覚えそうだよね。案外バカにできないよ? コラム派として更に言うと、高濃度区域内にあってそこそこ近いのがあと此処と此処、ホーク研究所とクロウ研究所。遠くてもよければピーコック、カイト、それからアルバトロス」


 イオルの指がマップ内を忙しなくタップする。迷いのない手つきだった。


「詳しいね、イオル。俺も協会支給の資料は一通り目を通したけど……そのあたりってそんなに有名だったっけ?」


 そこまで覚えていない、とカナキが感心したように顔を寄せた。


「今じゃまあどこもそこそこ有名では? まあこの辺りは有名というより、『古い』だね。昔からのとこだよ、それこそ研究が花開くずっと前から」

「ふうん……じゃあ最初は研究所巡りでもいいのかもしれないね。取っ掛かりにはアウル研究所が無難でしょ。昔からあって、今もあって、それから近い。ついでに高濃度区域内。


 マップを見る限り、高濃度区域から調べたほうが効率はいいだろうし、最新のディプシウムに関する動向も手に入る。何より、ディプシウムに関する勉強にもなっていいんじゃない、ねえシュウ隊長?」


 意地悪げにカナキが言った。その目は実に楽しそうだ。


「なんでオレに振るんだてめえ!……オレは実践訓練派なんだよ、見てわかんだろ。察しろ、全体的に」

「上官がそもそもの問題に詳しくないのはいかがなのものかと」

「思いまーす」

「お前らが詳しいのだって、つい最近まで協会支給の教科書でも読まされたからだろうが!」


 悪辣コンビプレーを発揮した二人に、シュウは敗北せざるを得なかった。

 完全に負け惜しみ感が否めない。


「……とにかく! 明日からアウル研究所に向かい情報収集、手始めにこいつから行くぞ。それからノリで言いはじめたんだろーが隊長は禁止な、気色悪い。呼び捨てにしろ」

「最初あんだけ威圧感バリバリだったのに?」

「黙れド新人イオル」

「ほらそーやってすぐ新人とかつるつるとか使えないって言うー!」

「勝手に脳内補完すんな!」


 シュウとイオルが不毛な言い争いを始める中、カナキは一人考えこむ。


(そう、俺たちが新人で使えないのは紛れもない事実。そんな俺たちにすら出動を要請する、それ自体が異常事態。つまりそれほど)


「切羽詰っている……ってことね。面倒なことに、なるんだろうな……」


 カナキはふぅ、と息をつくと、重力から逃げることにした。

 白い花弁が彼を視界を包み込み、心地いいあちら側へと攫っていった。

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