夢と現のラプソディ
神原
第1話
夢と現のラプソディー
残る先輩よりも一足早く部室を出て準備を済ませる。そして、待ち構えた。どきどきと高鳴る鼓動。そのうるさい音が耳の奥で一杯だった。あの角からもう直、部活を終えた進藤先輩が。
来たっ!
「せ、先輩!」
「おう、音い……」
「好きです! 付き合ってくださいっ!」
私の最大級の勇気! 届けっ!
「断る!」
間髪いれずに返って来た答えがこれ? がーん……がーん、がーん…………。
「断る。断る。ことわーーあうっ!」
「耳元でなにを言うかぁ!」
拳で親友である明美の顎にクリーンヒットを叩き込む。ああ、夢で良かったぁ。言うにことかいて親友の寝ている耳元でなんて事を。
机や椅子を倒さなかったのは流石に明美だ。
「グーで殴る事ないのに。音彩さんのいじわる」
よよよ、としなを作っても駄目なんだから。
「先生! またあの二人が」
「まあ、まあ。先生はこれを見たくて学校に来てるから」
いや、にこやかに微笑んで、そんなことを言われても。なにかとてつもなく嫌な汗が背中を流れていく。あ、あはは、授業中でしたか。
明美に目をやると、その顔も微かに引きつっていた。
うんうん、そうだよね。褒められてないよね、私達。
「授業も終りだし。ここは自宅で復習してきてね。じゃあ、解散」
ラッキー、授業終了の鐘。お腹からも食事への催促が。終りの礼もそこそこに皆が思い思いの場所へと散っていく。アバウトな先生で良かった。
「で、どうします。音彩さん。学食? パン?」
いつもながらに明美は立ち直りが早かった。でも、ま、いっか。夢だったしね。
「今日の気分はパン、かな?」
「では、極上のメロンパンをゲットしに、行きましょうか」
「うん」
顔がにやけるのはメロンパンって聞いたからじゃないんだからね。と心の中で呟いて、私は明美の後を追った。
「それはそうと、どうするの?」
ゲット出来なかったメロンパンの代わりに、なんとか買えたやきそばパンをかじる暁美。戻って来た教室にはあまり人が残っていなかった。
「ほえ?」
「こ・く・は・く」
私の口から食べかけのアンドーナツがポロリとこぼれ落ちる。
「ど、ど、ど……」
「どうしてって、それは音彩さんとあたしの仲ですもの。なんて。さっき寝言で言っていたのはだーれだ?」
ほほが一瞬で上気する。頭の中が真っ白に。あ、あは、あははははは。
「笑ってごまかしても駄目。で、どうするの?」
「いや、あの、その。したいです」
「よろしい。じゃ、ちょっとまってね」
言うなり携帯を取り出すとどこかにかけ始めた。
「あ、森田部長? うん、そう。一回だけなら。ええ。条件つきで。はい。じゃぁ」
ブイサインを出した明美は満面の笑みを浮かべて通話を切った。
「これで今日の部活は音彩さんと進藤先輩の二人きり。あたしのデートと引き換えなんだから、しっかり告白するのよ」
「あい」
なんか明美に押し切られてしまった感じだけど、そんなににこやかな顔で見られたら「まだ決心が」とか言えなくなってしまった。
午後の授業がいつの間にか終わっていた。頭の中は告白の二文字でもう一杯。にやけながら明美は既に帰った後。廊下を進む間、緊張で胃が痛くなってきた。この角を曲がればもう部室が。
「早いな」
「先輩!」
心臓が飛び出すかと思った。すぐ後ろに進藤先輩が立っていた。
「皆がまだだけど、先にやってようか?」
「は、はい」
部室の中には夕日がさしていた。ああ、夕焼けが綺麗。進藤先輩の横顔がその日差しに照らされて。うう、カメラがほしい。
「ん?」
私を振り返る進藤先輩はやっぱり素敵だった。火照る頬。寒いはずなのに体温は急上昇。今なら、今なら言える気がする。がんばれ私っ!
「せ、先輩」
「どうした?」
「す、好きですっ! わ、私と、私と付きあってください!」
「断――」
「いやぁあぁぁぁー!」
終った。終った。もう駄目。もう駄目だ! 蹲って顔を覆った。手で作った闇が私を包む。消えたい。消えてなくなりたい。
「――おいっ! 音彩! 音彩!」
声と共に頭が暖かくなった。大きくて暖かい進藤先輩の手。でも、もうほっといて。
「よく聞けって! 断れるわけないだろっ! って言ったんだ」
え? 両目からあふれる涙を拭って、もう一度だけ進藤先輩を見る勇気がわいた。
「お、俺も好きだ。好きだったから」
照れた進藤先輩も可愛い。急転直下の反対ってなんて言うんだろう。あれだけ高鳴っていた心臓が。今は普通にどきどき。
「え、えへへへへへ」
「ほら」
差し出された手を思いっきり握って立ち上がる。そして。
「きゃー。音彩さんのエッチ!」
「えっ! なに? なに?」
ドアの陰から明美と森田部長が顔を出していた。
「お、お前達、何時から?」
進藤先輩も驚きからか顔を真っ赤にして。驚きだけかな? えへへへへ。
「いやらしい事をしたい音彩さん達は置いておいて帰りましょうか」
「そ、そんな事ないもんっ!」
笑いながら逃げていく親友に、拳を振り回して追いかけたその日から、とっても幸せな日々を私は手にいれました。まる。
夢と現のラプソディ 神原 @kannbara
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