夢②

「こらっこんなもの見ちゃだめよ!」

「はい…、ごめんなさいママ。」


誰だろこの子。どこだろここ、広い家だな。


「ねぇママ。わたしね、たんじょうび猫がほしいの。」

「猫?そんなの駄目よ、お父さんになんて言われるかそれ位分かって頂戴。」

「ごめんなさい…。」


ずっと謝ってるなぁ。辛くないのかな。

アタシも子供の時猫飼いたいってねだったなぁ。まぁ案の定無理って言われたけど。


「お嬢、学校へ行く時間ですよ。」

「はぁい。行ってきますママ。」

「えぇしっかり勉強してくるのよ。七星。」


あぁ~これってアタシなんだ。小さい時のアタシか、通りでなんか既視感あるんだ。納得。




「あさのあいさつ、おはようございます!」

「「おはようございます!」」


「それじゃあ出席をとりますね。天野雫さん。」

「はい。」

「飯島聡さん。」

「はい!」


 次々と呼ばれていく名前。どれも聞き覚えのある名前ばっかりだ。


「福田琴乃羽さん。」

「はい。」

「次は…、星影七星さん。」

「…はい。」


 そのあとは先生が今日の予定を少し話した後、朝のホームルームはお開きとなった。

各々が席を立ち友達と話したりしている中、1人ぽつんと座っている幼いアタシの姿はとても悲しそうだった。まぁほんとに悲しかったのは事実なんだけど。


 「ね、ねぇ。」


一人ぼっちのアタシに1人の女の子が声をかけてきてくれた。

丸メガネをかけた栗色の髪を三つ編みに縛ったの女の子だった。そして彼女は一冊の本を大切そうに抱きかかえていた。


「えっと星影さんって、本、読む?」

「うん。その本も読んだことある。」


そういって彼女の腕の中にある本をそっと指差した。


「『星と朝は言霊で』でしょ?汐冬樹うしおふゆきの。」

「そう!よかったぁ。」

「なんで?」

「だって皆、あんまり小説って読まないっていうから話が合わなくて前のクラスじゃ友達いなかったから星影さんが居てくれてよかった!ってこと。」


 心の底から嬉しそうな顔をしている。

彼女はメガネをかけているせいでほかのクラスメイトよりは少し大人びた印象を受けるが笑うととても可愛らしい笑顔を見せてくれた。


「名前…。」


不意に幼いアタシが小さな声でつぶやいた。


「名前、星影じゃなくて七星でいいよ。それにさん付けじゃなくていい。」

「う、うん分かった。それじゃあ私の事のこともまことでいいよ。」

「分かった。よろしくね眞。」

「よろしく七星。」




 やり取りを終えた後はいつも通り授業を受けた。いつもと違ったことと言えば

休み時間がとても短く感じたことだったと思う。


 アタシはただ幼い七星を後ろから眺めているだけに過ぎないのに彼女の気持ちが胸の中に滝のように力強く流れ込んでくる。

 それほどまでに眞との思い出は自分にとって大切だったことを思い出す。

 

 なんでこんなに楽しかった事忘れてたんだろ。嫌なことばっか記憶に残って。


「ねぇ七星!今日一緒に帰らない?」

「あ、えっとごめん今日習い事で早く帰らないとなんだ。」

「そうなんだ。」

「明日は一緒に帰れると思うから一緒に帰ろう。」

「うん分かった。また明日ね七星。」

「また明日、眞。」


 校門の近くには若い男の人2人。昇降口から出ていく人たちは皆走るようにして出て行った。できればアタシもそうしたかった。


「今日も学校お疲れ様でした。お嬢。」

「うん。」


 2人の男の人はアタシの護衛の人、いわばボディーガードだ。

勿論強面の男2人と当たり前かのように話しているアタシは周りからしたら異端だったんだと思う。

 だからこそこんな所を眞には見られたくなかった。



「お帰りなさい。七星。」

「新しいクラスはどうだった?」

「悪くなかったよ。友達もできたし。」

「あらそう、でも勉強には支障ないようにね。付き合いには気をつけるのよ。」

「分かった。」


 アタシに友達がいなかったのには自分の立場上のほかにもこれがあったからなのかもしれない。

母さんは昔から厳しかった。特に将来に関係することや人付き合いなんかは。

 

 母さんは子供ができにくい体質でずっと長い間不妊治療をしてやっとできた子供がアタシだった。男の子じゃないけれど跡取りとして育てるためにちゃんとした子供に育てなければいけなかった。小さなときから教養をつけて、アニメや漫画などの物には一切触れず、友達との関係も制限した。学校で友達を作ることも最初は反対だった。

 そんなことしたってまともに育たないときは育たないのに。


「ほら七星、今日は英語の塾の日でしょう。早く準備しなさい。」

「はぁい。分かった。」


毎日ある習い事それが終わったら日付が変わるまで授業の予習と復習。

よく耐えてきたと思う。



「その友達っていうのはどういう子なの?」

「えっと、眞っていうの。その子、本が好きで話しかけてくれたの。」

「勉強できるの?その子。」

「う、うん。私と同じくらい。」

「そう、ならよかった。」


 この時間が一番嫌い。

何もかもを否定されるような気がしてた。あの時の母さんの目が怖かった。

冷たくて、愛情なんて一つも感じられない。そんな目。


「さっ!七星今日の夕飯は何がいい?」

「えっ…。ま、麻婆豆腐食べたい…。」


「分かったわ、七星はほんとに麻婆豆腐好きね。」

「うん、好き…。」


嘘。本当は麻婆豆腐なんて好きじゃない。

嘘ばっかりついて、作り笑いばっかりした。

母さんや父さんから見捨てられないようにするために。

   『嘘はとびきりの愛なんだよ!』

どこかのアイドルがそう言った。

それは本当?アタシはそうとは思えない。全く。

嘘をつき続けることで喜ぶ人はたくさんいる。

でも自分は?自分の心にまで嘘ついて一体どうすればいいの?どんな気持ちで生きればいいの?





「おはよう、七星。」

「おはよう、眞。」

「この前借りた本、面白かったよ。」

「ほんと!面白いよね、私も好き!」


いつも通りの他愛のない会話。

今思えば、あの頃が一番楽しかったなぁ。

彼女がまだいればなぁ。



幼いアタシと眞はいつものように教室に入る。

幼い七星の目に映ったのは眞の席の周りを囲むように立つクラスメイトの姿だった。

 空気は異様なほどに重苦しい。すると教室に先生が入ってきてこう言った。


「えー、皆さんも知ってるとは思いますがクラスメイトの綾瀬眞あやせまことさんが昨日の下校途中に事故に巻き込まれ、亡くなりました。」


 そう言うと何人かのクラスメイトは声を殺して泣き出した。

その時の七星が感じた感情はただ一つ、『怒り』だった。

どうして眞のことを何も知らないあなた達が泣くの?

眞の好きな食べ物は?嫌いな食べ物は?飼ってるペットの名前は?どんな本が好き?誕生日は?名前の由来は?身長は?靴のサイズは?

 

 何も知らない癖に。眞のことハブってた癖に。

こういうときだけ仲間だったみたいなノリやめろよ。アタシが一番泣きたいよ。眞のいる場所に行きたいよ。

 でも待って、さっきまで話してた眞は一体誰なの?その時始めて気付いた。アタシはこの世のものではないナニカが視えることに。










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