夢①
自室に戻ったが、何もやる気が起きない。パソコンでゲームをしようにも1人じゃ心細いし、いっしょに遊ぶ仲間と言ってもファクター位しかいないからな。寝るか。
布団に潜り込んで目を瞑る。最近は陽が短くなり、気が付けばもう夕方になってしまう。カラスがカァカァと鳴きながら部屋の前を通り過ぎる。
―あぁ、もうこんな時間か。―
そう思いながら俺の意識はだんだんと遠ざかっていった。
「おい、アイツ知ってる?」
「知ってる、シングルマザーの。」
「そうそう、アイツの母ちゃんさ最近自殺未遂したらしいぜ。」
「マジ!?アイツの母ちゃんそんなヤバい奴だったのかよ。」
俺の背中側でコソコソと話す声が聞こえる。あぁまたか、そう思った。
元々生まれつきのこれのせいでクラスから浮いた存在ではあったが、母さんの自殺未遂が決定的となりクラスだけでなく学年にまで噂が出回り本当の孤独になった。
朝教室に入ると一斉にして向けられるクラスメイトからの視線。それは決していいものなんかでは無くて、すぐにでもここから逃げ出してしまいたい程に苦しくてつらい。
家に帰ったって1人ですることと言ったら眠る位だ。
眠ることは好きだけど、眠れば次の日が来てしまう。そう思うと怖くて怖くて仕方ない。毎晩震えて眠った。
そんな男を俺は見ている。ぼろいアパートの一室で布団に包まって泣きながら眠る俺を部屋の角でじっと見つめている。体は動かせなくてただずっと男を見ているだけ。
ぼんやり考えていると、空が白んできて鳥がチュンチュンと朝の訪れを知らせに来ていたことに気づいた。もう朝が、そう思ったのも束の間目覚まし時計のベルの音が部屋の中で響いた。それに触発されるように布団の中からのそのそと男が出てきた。
その男はゆっくりと体を起こし伸びをした。鼻のあたりまでに伸びた前髪の間から真っ青な瞳が覗いた。その目の周りには濃い隈が出来ていて眠れているような感じではなさそうだった。これは俺だ。気づいた。ずっと見ていたこの男は俺だ。中学生の俺、そしてここはアパートなんかじゃなくて施設の部屋だ。1人にしてほしいという理由から皆とは少し離れたプレハブのような所で過ごしていたことを思い出した。
顔を洗って着替えを済ませて俺が部屋を出た瞬間に視点が変わった。そこは食堂のような場所で机にはたくさんの皿が並んでいてそこにはパンとスクランブルエッグが乗せられている。
遠くの方からバタバタと走ってくる足音が聞こえた。走ってきたのは施設の幼等部の子達だった。食堂に入ってくるなりその子たちは一目散に俺の方へと駆けて行った。
「おはよう!
そう言いながら腰元に抱き着いていた。懐かしい。そんな思いがふいに頭をよぎった。
「おはよう、皆朝から元気だね。」
そういいながら精一杯の作り笑いを浮かべて頭を撫でる俺はなんだか見ているだけでも悲しかった。
「ほら皆!もう朝ごはんの時間だから早く着替えてきちゃいな!」
せっせと机に料理を運びながら1人の女子が呼びかける。
「いつもありがとね、陽風君あの子達元気すぎて手が回らないの。」
「いや大丈夫、手伝うよ。」
「平気!私1人で運べるから陽風君は座ってて!」
すると彼女は俺が座る椅子を引いた。椅子に座り辺りを見回すと着々と朝食を食べに人が集まっているようだった。
全員に料理が行き渡ると先ほどまで料理を運んでいた少女は俺の隣に座った。そういえばこの子の名前ってなんだっけ。隣同士座って朝食をとっている二人を見つめながら思う。確かに施設にいたころは彼女とよく話していたことが記憶に残っている。
彼女の顔を一目見た瞬間あの子だってことは分かったけど名前が出てこない。
「今日テストだけど陽風君勉強した?今回いい点とれなかったらこっちの先生たちに怒られるんじゃないっけ大丈夫?」
「まぁしたにはしたけど。」
「じゃあ今回は平均点以上かな。」
「それは無理だろ。」
「え~何で?勉強したんでしょ?」
「お前がいるせいで学年の平均点高いの知らないのか?」
「え!そうなの、知らなかった。」
「これだから頭いい奴とは関わりたくないんだよ。」
「そう言いながら陽風君私の話ちゃんと聞いてくれるよね、もしかして私のこと
好きだったり~?」
「そんな訳ないだろ、無駄話してると遅れるぞ今日は早く行くんだろ俺は後から
行くから先行ってろよ。」
いつの間にか食事は終わっていて皆学校や幼稚園に行く準備を始めていた。彼女はもう学校に行く準備は済ませていて玄関口に立っていた。
「分かった。今日は遅刻しないでよテストなんだから。」
「遅刻しないようにはするよ。じゃあな。」
「うん、行ってきます。」
「いってらっしゃ~い!燈鞠お姉ちゃん!」
見送る子供たちに彼女は手を振りながら扉を閉めた。
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