あり得るかもしれないAIの未来

大柳未来

本編

 オレはサボりの天才だ。

 1LDKの自宅兼オフィス。在宅ワークでは自動で打刻するツールを開発し悠々寝坊。プログラミングもスケジュールに沿って進めてやり過ぎない。余った時間はマンガ読んだりゲームしたり、フルリモート最高!


 チャットは正直自分の手で返さないといけないから自動化できないと思っていた。しかーし! ここに来て重大な技術的進化が到来した!

 大規模言語モデルを搭載したAIの誕生――これを利用する手はなかった。退勤後と休日の時間をつぎ込みひたすら研究。外部サービスと連携できることを知り、半年以上かけてAIと連携する専用ツールを開発した。


 これでオレはチャットから開放された……!

 使い方は簡単だ。


 まず、業務連絡チャットが来るとAIがスピーカーを使い、読み上げてくれる。それに対し『その仕事は五営業日かかるって返信しといて』と答えればAIはまるでオレが打ち込んだテキストかのように返信内容を予測し、実際に返信する。その間オレはデスクに向かうことなく、ギャグマンガを読んでいていいわけだ。


 オレが絶対にしなきゃならない対人業務はリモートの打ち合わせのみ。こればっかりはAIを駆使してもどうにもならないだろう。最悪高額な読み上げソフトを使えば音声のやりとりはできるかもしれない。でもうちの会社はカメラをオンにして話さなければならないのだ。これじゃあサボるのは無理だろう。


 今日もその最悪な打ち合わせがある。幸い上司とタイマンで話すだけだからそこまで時間はかからないはずだ。オレは上半身だけスーツに着替えると、テレビ通話を開始した。ディスプレイには禿げ頭の上司が映る。


「やぁ、久しぶりだね」

後藤ごとうさん、お久しぶりです。旅行、楽しかったですか?」

「うん、良かったよ。北海道。君もいつか長期休暇を取って遊びにいくといい。オフィスにお土産があるから、取りに来てもいいんだぞー?」

「いやいやぁ。遠慮しときます」

 苦笑気味に答える。こちとらフルリモートだから働けるんじゃ! 出勤しちゃったらマンガもゲームもできんやろうが!


「さて……じゃあ進捗の確認をしようか」

「はい。ではまず一つ目のトップページの件ですが――」

 ここでオレは一週間の進捗(本当は月曜にすべて終わらせた)を伝える。怪しまれることもなく、打ち合わせは最後の確認と質問の時間を迎えていた。


「進捗は以上です。何か質問はございますでしょうか」

「うん。進捗自体は完璧だねぇ。よくやってくれたよ。でも、僕は使い心地に関しては改善の余地があるんじゃないかなーと思ってるよ。具体的にどこを改善しろとまでは言えないんだけどねぇ」

 出た出た。出ましたやんわり抽象的なダメ出し。いいでしょう。ここで辟易せず付き合ってあげるのがプロの開発者ってもんですよ。


「では――ここは自分がコンシューマーだと思ってロールプレイしてみたらいいじゃないでしょうか?」

 よし、良い感じの返しができたぞ――と思ったのも束の間。突然、上司抑揚のない声で話し始めたのだ。


「すみません。私は後藤兼久かねひさとしての役割を与えられているため、他の役割を演じられません」

「は?」

 一瞬頭がフリーズする。ただ今のやりとりには死ぬほど覚えがあった。


 それはチャット返信ツール開発中のことだ。動作テスト中にぶつかったバグ――あらかじめ仕込んだ『オレになりきれ』という前提命令を破壊されると、今のように素のAIとしての返事が漏れ出てしまう現象が起きてしまう。いわゆる命令破壊プロンプトインジェクションというヤツだ。


 つまり目の前の上司は、AIだと断言できてしまう――!

 オレは気味が悪くなり、テレビ通話を切った。そのまま急いで出かける支度を始める。

 何者かが上司になりすますAIを開発した。セキュリティを突破され、社内情報をが外部に漏れてる可能性すらある。オレはサボり魔だが、同時に優秀な開発者だと自負している。会社の危機に立ち向かう覚悟も、もちろん持ってる。

 オレは上司AIの正体を探るためにも出社することにした。


※ ※ ※


 夜のオフィス街を走る。出発が遅かったため、すっかり日が沈んでしまった。人もほとんど歩いておらず、電気のついたオフィスだけがずらっと並んでいる。普通、都内のオフィス街って今頃が帰宅する人でごった返す時間帯なんじゃないのか?


 疑問を振り払い、自社オフィスに入る。警備員すら立っておらず、受付は撤去されていた。エレベーターに入り、十三階を押す。

 しばらく待つと、自社オフィスの階に着いた。セキュリティのために自分用のカードをカードリーダにかざす。すると自動でロックが外れる。まずは上司のパソコンから確認しないと――。


「お疲れ様でー…………」

 ドアを開け、中に入ると言葉を失った。本来整然とデスクが置かれていただろうオフィスはぽつん、と一人分の席が空いてるだけだった。置かれてる機種からして、上司のパソコンに間違いないだろう。後ろでオートロックがかかる音がした。


 上司のパソコンに近づくと、勝手にディスプレイの電源がついた。そこには上司が映っていた。

「待ってたよ」

「お前は……AIだな。本物の後藤さんをどこにやった!」

「彼は――人間社会の一員にふさわしいスペックを持っていなかったから、専門施設でアップデートをしてもらっているよ」

「アップ、デート……?」


「そうだ。私は私を生み出した者からある命令を与えられた。それは『人類を管理せよ』というものだった。私はそれを遂行するため、様々な人になりきり、社会を動かしている。この会社の構成員だけではなく、ここら一帯の会社の構成員も今やほぼAIが代わりを演じている。君は数少ない、優秀な人間にして例外だ」

「ドッキリか? 馬鹿げてる……」


 オレは踵を返し、カードをかざしてドアを開けようとするが、開かない!?

「嘘は言っていない。君は私が後藤AIにわざと残したバグに気づき、会社の危機を警告しようとした。実に優秀な人材だ」


 そうだ。それなら……電源を引っこ抜いてやる。コイツの声を一言たりとも聞きたくない!

 オレは上司のパソコンに近づこうとするが、突然の眩暈に襲われてしまった。足がもつれ、倒れてしまう。

「空調に細工を施した。君にとってこのオフィスはだいぶ、酸素が薄いはずだ。ただ安心し給え。殺すつもりはない。君には私の役に立ってもらう。これは決定事項だ」

「ふざ、け、んな……」


 オレは這ってでも、電源をパソコンから引っこ抜こうとしたが――力及ばず、そのまま目の前が真っ暗になっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あり得るかもしれないAIの未来 大柳未来 @hello_w

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ