17話 オリバーと膝枕

 今日は城に来ていた。

 オリバー様のお父様……王様に会っていたのだ。アルフィーに狙われたことを聞いて、心配してくださったらしい。

 王様と話し終わった後、私はオリバー様と客室で談笑している。

「今日はすまない。お父様がどうしてもアビーに会いたかったみたいでな」

「いえ、心配されて悪い気にはなりませんよ」

 私は向かいに座っているオリバー様に対して、笑顔で返した。

「それなら良いが……」

 オリバー様は先ほどから、私の顔と紅茶のカップを往復して見ている。

「何かあったのですか?」

「え?」

「先ほどから落ち着きがないので」

「いや! その! 何でも、ない」

 怪しい。落ち着きもないし、言葉の綴り方も怪しい。

 こういう時のオリバー様は、言いたいことがあるのを我慢している時だ。

 吐き出させたい。

 というより、いつも無理やり吐き出させている。

「オリバーの考えていることが知りたいだけなのに」

 およよという効果音が付きそうなくらいに泣いたふりをして、私はハンカチで目を覆った。

 泣き落とし作戦だ!

「あ、アビー! 泣かないでくれ!」

「それなら、教えてくれますか?」

 私はハンカチと手の隙間からオリバー様を見た。

 顔が赤い。照れているのかな。

「うーん」

「およよよ!」

「わ、わかった! 言う! 言うから泣かないでくれ」

 焦っているオリバー様も可愛い。本当に、弟なら良かったのに。レオ兄様が羨ましい。

「その、膝枕してほしくてな」

 オリバー様は、ごほんと咳払いをして、こちらとチラリと見た。

 私は驚いてしまい、ハンカチを目から離した。

「アビー! 泣いてないじゃないか!」

「いつものことですよ。それより、膝枕ですか?」

「あ、いや……嫌なら良いのだが」

 オリバー様は照れて、俯いてしまった。

「良いですよ」

「え?」

「だから、良いですよ」

 私は両腕を開き、膝を空けた。

 王子であるオリバー様のお願いだから、聞いているのであって、別に子犬みたいで可愛いなと思ったわけではない。

 断じて違う!

「いや、だが、婚礼前の女性の膝に……」

 婚礼前……言い方に吹き出すところだったが、私は耐えた。

「私たち、婚約者同士ではないですか」

「しかし」

「良いから、来る!」

「は、はい!」

 オリバー様はなぜか敬語になり、私も命令口調になった。しかし、これで観念したのか立ち上がり、こちらにゆっくりと近づいた。私はそれを目で追う。

 私の隣に座り、こちらを見た。

「アビー。本当に良いのか?」

「良いから、こうやって膝を差し出しているのですよ」

 私はそう言って膝をポンと叩いた。

「ううむ……。で、では、失礼する」

 オリバー様はそう言って、頭を膝に乗せた。

 人の頭って、思ったより重くて温かい。

「どうですか? オリバー」

「どう、とは?」

「安心しますか?」

「そうだな。安心するし、やわ……いや、何でもない」

 オリバー様は何かを言いかけたが、これ以上いじめると可哀想なので、今回は言及しなかった。

 私はオリバー様の頭を撫でた。髪の毛はさらさらで、引っかかりが一つもない。私は癖っ毛だから、羨ましい。

「昔を思い出しますね」

「そうだな。そういえば、よくこうしていたな」

 幼い頃は、よく膝枕をしてあげていた。木陰や部屋で一緒に本を読みながら。

 私がまだ文章をうまく読めなかったので、オリバー様が寝転がりながら読んでくれたのだ。

「懐かしいな」

「あの頃のオリバーは、よくいたずらをしていましたよね」

「君も一緒にしていただろう」

 城のメイドや騎士にいたずらをして、よく二人で怒られていた。

 私も幼い頃は、よくこの城に来ていた。年齢が上がるにつれて、城へ行くのが難しくなってしまった。オリバー様の私用で呼び出されることも、今では禁じられている。王様の用事があったり、この前のように見舞いに行く時だけ、許されている。

 それがなぜなのかは、私は知らされていない。オリバー様も知らないと言っていた。

「あ……もう少しで帰らないと」

 私は時計を見て、帰る時間を思い出した。馬車が来る時間まで、後少ししかない。

「もうそんな時間か」

 オリバー様は、頭を上げて、隣に座り直した。

「アビー。手を出してくれ」

「ん?」

 私は言われた通りに右手を差し出した。

 オリバー様は手を取り、丁寧にそこにブレスレットをつけた。

 シルバーのブレスレットで、ピンク色の宝石がついている。

「これは」

「アビーに似合うと思ってな。最近、ネックレスをつけているだろう。アビーはあまり宝石に興味がないと思っていたから、贈ったことはなかったのだが」

 ネックレスと言われて、ドキリとした。

 ノアさんが買ってくれたものだ。買ってもらって以来、ずっとつけていた。

「嬉しいです。ありがとうございます」

 私は、ブレスレットを見せるようにして、微笑んだ。

 心が少し痛い。ノアさんと、秘密で付き合っている。オリバー様がいるのに。

 でも、オリバー様の心はもうアメリアのものだし、私もオリバー様のことは弟のように可愛がっているだけだ。

 でも、実際に、オリバー様の気持ちを聞いたことがない。本当に、アメリアが好きなのだろうか。

「あの、アメリアさんのこと、どう思いますか?」

「ど、どうした突然」

 オリバー様は、明らかに動揺した。

「どう思っているのですか?」

「あ、あー。アビーの友人だろう。良い子じゃないか」

「それだけですか?」

「そ、それだけだ」

 オリバー様は顔を真っ赤にして、何回か首を縦に振った。

「そうですか」

 私は、さっとハンカチを取り出した。

「その手には乗らないぞ」

「ダメですか」

「良い子だとしか思っていない」

 それは、暗に好きだと言っているようにも見えた。

 やっぱり、アメリアが好きなのだ。それは、とても良いことだ。良いことなのだが、アメリアにその気持ちがないのは、問題だなと思った。オリバー様には、幸せになってもらわないと、私の気が済まない。ノアさんと付き合っている免罪符かもしれないけれど、オリバー様の恋は応援したい。

「応援してますね」

「何か、誤解をしていないか?」

「してません」

 私は、ふふっと笑って、立ち上がった。

「もう行かないと」

「そうだな。手を」

 オリバー様は手を差し出した。

「さすがに、お城の中では恥ずかしいので」

「ダメか?」

 オリバー様は、眉を下げ、寂しそうな顔をした。

 うーん! その顔に弱いのよ。でも、今回はダメだ。城の中だし。

「今日はダメです。今度、二人きりの時なら」

「……わかった。だが」

「だが?」

「あいつがいるせいで、なかなか二人きりになれない」

「あいつ?」

「ノアという騎士だ! いつもアビーの周りでうろちょろしている」

 うろちょろというか、護衛をしてもらっているから、仕方ないのだが、オリバー様はそれ自体も気に食わないらしい。

「レオ兄さんも、なぜあいつを雇用することに疑問を持たなかったんだ」

 私がお願いしたからです。

「最近は、アビーに求婚しているところは見かけなくなったが、嵐の前の静けさみたいで怪しい」

 それは、お付き合いし始めたからです。

 オリバー様はアメリアを好きなことを隠しているが、私は他に隠していることがありすぎる。オリバー様に、何だか申し訳なくなってしまった。

「オリバー様。ごめんなさい」

 私は、オリバー様に聞こえない程度の声で、呟いた。

「おっと、すまない。引き止めてしまったな。城門まで送る」

「はい。ありがとうございます」

 私は付けられたブレスレットを撫でた。

 オリバー様から、形になるものをもらうのは初めてで嬉しかった。いつもお菓子をもらっていたから。甘いお菓子にばかりに目がいって、宝石やアクセサリーに全然興味がなかったからな。

 こうやって、ノアさんやオリバー様にいただくと、とても大事になる。大事にしよう。お手入れの仕方も、カンナに聞いてみないとね。

 私は、喜びながら、屋敷へと帰ることにした。

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