16話 アルフィーの予告状

 放課後、帰る支度をしていたら、話かけられた。

「アビゲイル様。お時間いただいてもよろしいですか?」

 いつの間にか、机の前にジョシュアがいた。右目のエメラルドグリーンが私を見つめる。

「こいつは誰だ」

 近くにいたオリバー様が聞いてきた。

「アーサーさんのご友人であるフレディさんの執事です」

「アーサー……。あいつの主人か」

 あいつ、ノアさんのことか。

「アビゲイルに何の用だ?」

「それは言えません」

「言えないようなことにアビゲイルを巻き込むな」

 オリバー様は、ジョシュアを睨んだ。

「オリバー様。良いのです。フレディさんは友人なので」

「こいつの主人と? いつ友人になったんだ」

 こいつ……ジョシュアのことだな。

「ええっと。ノアさん経由ですね」

 私の笑顔は今、引きつっていないだろうか。

 オリバー様に嘘をつくのは、心が痛む。

 でも、アルフィーを捕らえるために協力しているとは言えない。

「……アビゲイル。君の交友関係にまで口出ししたくはなかったが、これだけは言わせてくれ。あいつ経由の友人なんて、碌な奴じゃない」

「そんな……。フレディさんとアーサーさんは良い方ですよ。ご友人として、よくしてもらっています」

 これは本当のことだ。ノアさんと、ジョシュアは良い方かはわかりかねるが。

「むう。そこまで言うならいいが、何か嫌なことをされたら言うんだぞ」

「わかりました。ありがとうございます」

 オリバー様は、あまり納得がいっていないようだったが、今回はフレディのところへ行くのを許してくれた。

「私が一緒に行きますので、大丈夫ですよ」

 いつの間にか背後にいたノアさんがそう言った。

「いつの間に……。お前が一番油断できないのだが」

 オリバー様はいつも通り、ノアさんを睨んだ。

「おや。心外ですね」

「まあ、今回はいい。アビゲイル。俺はここで待っているから、行ってこい」

「はい。オリバー様」

 待っていてくれるのか。それなら、早めに用事を終わらせないとなと思った。

 私たちは、庭園へと向かった。

 庭園には、すでにアーサーとフレディがいた。

「来たか。遅かったじゃないか」

 フレディがそう言った。

「すみません。オリバー様に不審がられないようにするのに、手間取ってしまいました」

「そうか。それは、苦労をかけている」

「それで、何かあったのですか」

「ああ。実は、アルフィーが博物館に予告状を送ったという情報が入ったんだ」

 予告状。アルフィーは、何かを盗むときは必ず予告状を出す。それが彼の流儀なのだ。

「同時に狙われることはないだろうが、注意した方がいいと思ってな。知らせに来た」

「ありがとうございます」

 博物館への予告状……。ゲームのイベントだ! アルフィーと初めて会うイベントで、アメリアが狙われる原因となるものだ。

 気になる。

 私の心は踊った。久しぶりにワクワクしている。

「おい。まさか、博物館に行ったりしないよな」

 フレディが私の思考を読んできた。

 顔に嬉しさが出ていたか。

 行きたい。ゲームのイベントを体感したい。こっそり行こうかな。

「行きませんよ」

 私は、にっこりと笑った。

「行きそうですよ。フレディ様」

 ジョシュアがフレディに耳打ちをした。見抜いている。

「おい。本当に行くなよ。危険なんだぞ」

「わかっていますよ?」

 行く。絶対に行く。後で、ノアさんについてきてもらうように言おう。それなら、大丈夫だろう。楽しみだ!

「ちなみに、予告状にはいつ盗みに行くと書いてあったのですか」

「ああ。それは……って、やっぱり、行く気だろ!」

「いえいえ。いつ来るかわからないと、私もいつ博物館が安全かわからないので」

「まあ、確かにそうか。一応、今週の土曜日になっているな」

「フレディ様」

「なんだ。ジョシュア」

「いつ来るかは言わなくても良かったのでは?」

「何でだ?」

 ジョシュアは、はあとため息をついた。

「怪盗が来た後に、知らせれば良かったのではないですか。いつ来るか行ったら、この方は遊びに行きそうですけど」

「あ。ああっ!」

「行きませんよ」

 私は何度目かの否定を入れた。

「いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」

「できないと思いますよ。これだから、フレディ様はお馬鹿さんなんですよね」

 ジョシュアは呆れたように言う。

「でもなあ、聞かれたら、答えるだろ」

「思慮が足りないのですよ。このままだと、当主になられるのが不安でしかない」

「そこまで言うなよ……」

 フレディはしゅんとしてうなだれた。

「あの、言い過ぎではない? フレディさんも悪気があって言ったわけではないのだから」

 私は、フレディが可哀想で庇うことにした。

「このお方は、次期クラーク家の当主になられるのです。厳しくしないといけません」

「そうであっても、あなたにその権限はないのでは?」

「おや。威勢の良い御令嬢ですね」

 ジョシュアは、笑みを浮かべているが、ちょっと怖い。

「興味が出てきますね」

 ボソッと何かを呟いたが、私には聞こえなかった。

「まあまあ。もし、アビゲイル様がどうしても博物館に行かれたいのであれば、私が護衛しますので、ご安心を」

 ノアさんが、私とジョシュアの間に入ってきた。

「それは頼もしいことですね。アルフィーの魔法の中で動けたのはあなただけですから。なぜかね」

 ノアさんとジョシュアは、お互いニコニコと笑っているが、私には牽制し合っているようにしか見えなかった。

 相性、悪そう。

「主人を悪くいう方とは、話が合わないようですね」

「私も主人の護衛をサボる方とは、話が合いません」

 二人の間に火花が散っているように見える。静かに喧嘩するのはやめてほしい。

「気が合いますね」

「そうですね。とても嫌悪感が走りますが」

「本当に気が合う。私もそう思っていました」

「あの……ノア、ジョシュア。話が逸れてる」

 今まで、全く発言せずに静観していたアーサーが喋った。

「すみません。アーサー様」

 ノアさんは私とジョシュアの間から避けて、一歩下がり私の後ろへとまわった。

「アーサー様の騎士にとんだ無礼を。申し訳ありません」

「いや、それは良いんだよ。ノアも悪いしね」

 アーサーは凛とした姿勢で、そう言った。隣にいるフレディはまだ、しょんぼりしている。

「アビゲイル。博物館に行くなら、用心するんだよ」

「行きませんよ?」

「君は行くだろうね。目がそう言っている」

 うーん。アーサーには嘘がつけなさそうだ。

「ごめんなさい。行くつもりでした」

「正直でいいね。行くなら、ノアを連れて行くんだよ」

「はい。わかりました」

 認めると、スッキリするな。うん。やっぱり、嘘をつくのは良くない。

 私は、オリバー様を待たせていることを言い、その場を離れることにした。


 次の日、錬金術学の授業で、わからないところがあったので、ダニエル先生の錬金術学準備室に来ていた。

 ノアさんは、アーサーに用があるとのことなので、今はいない。ダニエル先生のところに行くなら、問題ないと言っていた。

「ダニエル先生。わからないところがあって、来たのですが」

「そうですか。どこでしょうか」

 私は教科書を開き、わからないところを指差した。

「あ、まずは座ってください」

 私は近くにあった椅子に座った。

「ここですか。うん。確かにわかりにくいところですよね」

「そうなのです。どういう配合がいいのか」

「これはですね」

 ダニエル先生が、教えるためか近づいてきた。甘い匂いがする。何かの花の匂いかな。錬金術の調合で使うのだろう。

「アビゲイルさんは熱心に授業を聞いてくれるので、嬉しいです」

「そ、そうですか?」

「ええ。他の生徒は、魔法学の方が好きみたいで。僕の授業はうわの空の生徒が多いのですよ?」

 そうなのか。私は、魔法学も錬金術学も好きだ。ファンタジーを感じるし、ゲームでもクイズ形式でテストがあって、面白かった。ゲームのストーリーでそれぞれの学問について言及がないので、クイズは周回必須だったが。

「アビゲイルさんは、爪がお綺麗ですね」

「え? そ、そうですか。言われたことないです」

「とても綺麗だ」

 ダニエル先生は、熱っぽくそう言う。なんか、変な雰囲気になっていないかな。

「爪が綺麗な女性は、心も綺麗なのですよ」

「そうなのですか?」

「ええ! 爪に色を塗るのが流行っているそうですが、何もしないのが一番なんですよ! 綺麗に光沢した爪! しなやかな弧を描いた爪! 素晴らしい……」

 ダニエル先生はうっとりした表情になった。怖いのですが……。

 こんな性格だったかな。爪に異常な執着を見せている気がする。

「ええっと。あー、私、そろそろ授業があるので、行きますね」

「おや。まだ、教えている途中ですよ?」

「ま、また今度聞きに来ます!」

 今度はないかもしれないけれど。せめて、ノアさんを連れて行きます! 怖すぎる!

 私は素早く立ち上がり、部屋から出ていった。

 ダニエル先生は、まともだと思っていたのに。なぜなのか。

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