15話 オリバー様とレオ兄様

 放課後、今日は私の家の庭で、オリバー様とアメリアとお茶会をしている。

 オリバー様が持ってきた少しの甘いお菓子と、うちのシェフが用意したサンドイッチとスコーンを並べて、ハーブティーを飲んでいる。

「オリバー王子とお茶会だなんて、恐縮ですう」

「アメリア。気にしないで、気さくにしてくれ」

 アメリアは、そんなの無理ですと答えた。

 オリバー様は困ったように笑う。ほんのり頬が赤い。アメリアと話せて、嬉しそうだ。

「アビー。今日の菓子はどうかな」

「とても美味しいです」

 今日のお菓子は、城のシェフが作ったマフィンだ。高級でなかなか買えないチョコレートや、市場によくあるドライフルーツが入っている。

「それなら、良かった。アメリアが、菓子を食べたことがないとは驚いたが」

「この前、お父様に聞いたら、贅沢させたくないからって言われたんですよ。私、お菓子があるなんて知らなかったです」

「そうだったのか」

「だから、オリバー王子には感謝しています」

 アメリアは、オリバー様の方を向き、満面の笑みを浮かべた。

 オリバー様の顔がカーッと赤くなり、顔をそむけた。

「い、いや、気にするな」

「オリバー様。良かったですね」

 私は二人が仲良くしていて、にやついてしまう。

「ん? 何がだ?」

「いえ、何でもないです」

 私はふふふと、笑いが抑えられなかった。

「あ! アビゲイル様! こちらにレオ王子が!」

 アメリアが見た方向を見ると、レオ兄様がこちらへ歩いてきていた。

「レオ兄さん……!」

 オリバー様が驚く。

 レオ兄様は紙袋を抱えて、こちらまで来た。

「アビゲイル、これは何の集まりだ」

「お茶会です」

「なぜ、オリバーもいる」

 レオ兄様はオリバー様を見た。睨んでいるようにも見えるが、これがレオ兄様の普通だ。

「俺はアビゲイルに呼ばれたから、いるのですよ」

「そうか……」

 レオ兄様は、持っている袋を私に差し出した。

「土産だ」

「ありがとうございます! わあ!」

 中には、飴やチョコレートがいくつか入っていた。私の好きなものばかりだ。

 小さな小瓶が入っている。小瓶はピンク色で、赤いリボンがかけられている。

「これは?」

「砂糖だ」

「砂糖! レオ兄様、嬉しいです! ありがとうございます。大事に食べますね」

 すごく嬉しい。私は甘いものに目がないのだが、この世界では砂糖はまだ貴重だし、なかなか食べられない。それが、砂糖そのものになると、なおさらだ。いくらしたのだろうか。

「レオ兄様は今回どちらに行っていたのですか?」

「隣国のブックドレイユに行っていた。豊かな国土で、作物の栽培が盛んで、砂糖もこの国よりは物価が安くてな」

「そうなのですね。こんなにたくさんのお菓子や砂糖……嬉しいです」

 顔の笑みが止められない。

「ま、まあ、たまたまだ」

 レオ兄様は照れているのか、腕を組んで横を向いた。

「レオ王子は義妹思いの方なのですね」

 アメリアがそう言うと、レオ兄様の顔が赤くなった。

「だから、たまたまだと言っている」

 オリバー様の方を見ると、少しむくれていた。アメリアが、レオ兄様を褒めたからだろう。

「あ! レオ王子にもお茶会に参加していただくのは、どうでしょうか?」

 アメリアがにこやかに提案した。

「俺が?」

「あ、アメリアさん。レオ兄様はこういう事しないのよ」

「そうなんですかあ? アビゲイル様の小さい頃のお話しを聞きたいので、一緒にお茶会できたらいいなと思ったんですよ」

「それなら、俺が答える」

 オリバー様が久しぶりに発言した。

「はい! もちろん、オリバー王子のお話しも聞かせてください!」

「アメリアさんと、オリバーは仲がいいんだな」

 二人の会話を聞いていたレオ兄様が、いつもより少し低い声でそう言った。

 これってもしかして、アメリアをめぐる喧嘩イベント? 発生がとても早い気がするし、内容も違うけど。

「同じクラスで、アビゲイルの友人ですから」

「なるほどな。だが、他の女生徒とあまり話さない方がいいんじゃないか。なあ、アビゲイル」

「え?」

 なんで、私に話しかけるの?

「やきもちを焼かないか。オリバーが他の女性と話をしていたら」

「い、いえ、私は別に……」

「な! 何も思わないのか、アビゲイル」

 オリバー様は、なぜか残念そうにそう言った。

「ええ。私はやきもちを焼かないので、アメリアさんと仲良くしてくださいね」

 私はにっこりと微笑んだが、オリバー様は目を丸くしたままだった。

「婚約者のくせに、やきもちを焼かれない王子か……」

「何か文句があるのですか」

 オリバー様がわずかにレオ兄様を睨む。

「いや、少し滑稽だなと思ってな」

「……レオ兄さんは、土産を持ってきたりしないとアビゲイルに会えないですよね? 俺はいつでも会えますが」

「俺は暇ではないからだ」

「忙しいことを理由に……アビーと会えないなんて、可哀想ですね」

「お前は、暇すぎるんじゃないか」

「俺はやる事をやってから、アビーと会っています」

「アビー……か。随分、馴れ馴れしい言い方だな」

「婚約者ですから当たり前です」

 二人は睨み合っている。一触即発だ。

 普段は、仲の良い兄弟なのに、王位継承権の話になると険悪になるし、二人ともアメリアが好きだからなのか、マウントを取り合っている。

「まあ! お二人とも、アビゲイル様が大好きなのですね! 素敵です」

 アメリアが空気を読まずに、そう言った。

 あなたを取り合っている仲なのだけど。

 でも、確かに、アメリアの話が途中から、私の話になっていた気もするが。

「そういうのではない。オリバーの婚約者だからだ」

「当たり前だろう。俺の婚約者なのだから」

 二人とも同時にそう叫んだ。

 二人は、それを聞いて、顔を見合わせた。

 仲が悪い時があったとしても、兄弟だ。息ぴったりだ。

 レオ兄様はごほんと咳払いをした。

「俺はそろそろ城へ戻る。忙しいからな」

「それは、良かったです。俺はここでゆっくりしてから、戻りますので」

 二人はバッチバチに火花を散らしながら、睨み合った。

 レオ兄様から先に視線を外し、後ろを向いた。

「アビゲイル」

「は、はい」

「また、どこかに行ったら、土産を持ってくる」

「はい。ありがとうございます」

 レオ兄様は、そう言って、庭から出て行ってしまった。

「はあ……」

 オリバー様はレオ兄様が見えなくなってから、大きなため息をついた。

「オリバー王子、どうかしたのですか?」

「いや、レオ兄さんが少し苦手でな」

「そうなんですか? 仲良さそうでしたけど」

「……まあ、少し、色々あってな」

 オリバー様は寂しそうに笑った。

 オリバー様がそう笑うのには理由があった。

 レオ兄様の方が先に生まれているのに、王位継承権がオリバー様の方にあるのには、二人のお母様が関係している。二人のお母様が違うのだ。オリバー様は正妻の子で、レオ兄様は不倫相手……メイドの子である。正妻の取り計らいで、レオ兄様の立場は悪くならなかったが、王位継承権はオリバー様のものになり、メイドのお母様は隣国コリエに連れられて行ってしまった。城では、レオ兄様を慕う人も多くいるが、不倫相手の子として避けられているのもある。

 二人が単純に仲の良い兄弟になれないのには、こういう理由があるのだ。

 アメリアは知る由もないのだが。

「アメリアさん」

「何ですか?」

「レオ兄様にいただいたお土産なのだけれど、食べきれないかもしれないから、いくつか分けるね」

「ええ! いいですよう。アビゲイル様がいただいたものなのですから」

 レオ兄様も、直接アメリアにはお土産を渡せないだろうから、間接的に私から渡したら喜ぶだろうと考えた。

「少しだけで良いから」

「そこまで言うなら」

「カンナ。これを、いくつかをアメリアさんにあげたいの。紙袋を用意してくれる?」

「わかりました」

 実は、ずっと近くにいたカンナに頼んで、アメリアに分けることにした。

「アビーは優しいな。甘いものは好きだろう?」

「友人と一緒に分けあった方が美味しいですから」

「そうか」

 オリバー様はさっきまでの寂しそうな顔がなくなり、優しく笑った。

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