14話 エドワードさん!見ないで!

 ノアさんと付き合い始めてから、何日か経った。

 それなのに、私はノアさんの事を、あまりにも知らない。

「ノアさん。私の護衛をする前、アーサーさんの護衛をしていた頃はどう過ごしていたの?」

「アーサー様の護衛をしていた時ですか」

 今、私とノアさんは庭園に来ていた。今日の昼は、オリバー様が職員室に呼ばれたので、二人で食事ととることにしたのだ。ベンチに座り、ノアさんのお弁当を今日もいただいている。

「ええ。ノアさんの事を知りたくて」

「光栄です」

「恋人だし」

 怪しい所も多いし。

「アーサー様の護衛をしていた頃は、朝起きたらエドワードさんとアーサー様のお屋敷に行って、登校の護衛をしていました」

「そういえば、なぜ寮に?」

「この学園では、騎士として訓練できる施設がありますので、放課後や早朝に訓練しているのです」

 ノアさんって、きちんと騎士として働いていたんだなと感心した。

 私に求婚し始めてから私の護衛をするまでは、エドワードの話だと真面目に騎士をしてなさそうだったのに。

「授業中は後ろの席でアーサー様の護衛をして、昼休みはエドワードさんと交代で護衛をしていました」

「そうだったの。教えてくれて、ありがとう」

「いえ、俺の事を知ろうとしてくださって、嬉しいです」

 ノアさんは嬉しそうに笑った。

 こういう笑顔は好きだ。

「俺もアビゲイル様に聞きたいことがあったんですよ」

「なに?」

「俺と結婚するなら、仕事をしても、しなくても良いのですが、アビゲイル様はやりたいことはありますか」

 また、飛躍した事を聞くなと思った。

「結婚するかはわからないのだけど」

「仮定でいいですよ。……結婚はしてもらいますが」

 後ろの言葉は聞かなかったことにした。

「ずっと女王になると思っていたから、考えたことはない」

「そうですか。俺と結婚すれば、なんでもできますよ」

「それは、口説き文句?」

「どう受けとっても大丈夫です」

 なんでもできる、か。

 日本にいた頃は、なりたいものがあったなとふと思い出した。好きな専門分野があった。

 今は、どうしたいのだろう。女王になると決められていた。この世界に生まれ落ちた時から、決まっていたのだ。

 でも、もし、ノアさんと一緒になるなら、なりたい自分になれるのか。そういう道を考えてもいいのか。

 嬉しいかもしれない。もし、そうなったら、私は……。

「ゆっくり考えてくださいね。俺は、あなたが必ず俺を本当に愛してくれると信じています」

「いつも思っているけれど、すごい自信よね」

「エドワードさんにも、そう褒められますよ」

 ノアさんは私の手をとり、手の甲にゆっくりと唇を落とす。

「そ、そうだ!」

 私は、恥ずかしくなって、さっと手を引いた。

「訓練している施設って、どんな感じなの」

「気になりますか」

「ええ。ノアさんの強さの秘密がわかるかもしれないもの」

「では、放課後に、寮に行きましょう」

 今日の放課後の予定は決まった。

 男子寮に行くことになるが、許可を取れば大丈夫だろう。

 という話をオリバー様にしたら、予想はしていたが……。

「一緒に行く。視察という意味で行こう」

 と、言われた。

 それで、私とオリバー様はノアさんに連れられて、学園の近くにある男子寮へと向かった。

 男子寮は、外観は質素な感じだった。中は、食堂、調理場が入口近くにあった。先へ進むと男子部屋があり、その先に訓練場があるらしい。

「私の部屋も一階にあります。エドワードさんと同室です」

 ノアさんの後につき、私たちは訓練場へと入っていった。中には、何人かの人がいて、木の材質の剣を振るっていた。

「特に何もありませんが、頑丈なので、魔法を使った訓練もできます。それを行うときは、アンチマジックのかかった壁に向かって魔法を放ちます」

 アンチマジック……魔法を無効化する強力な魔法だ。

「アンチマジックの壁があるとは、知らなかったな。この学園に騎士が多くいるのも頷ける」

 オリバー様は感心したように呟いた。

「おい、あの方はオリバー王子ではないか」

「本当だ。なぜ男子寮に?」

 訓練をしていた人たちが、こちらに気づき始めた。

「オリバー王子。訓練している騎士のために、激励をしていただけませんか」

 ノアさんが提案してきた。騎士たちは、こちらを見て、ヒソヒソと話をしている。

「ううむ……」

「王子から言葉をいただければ、私たちもさらにやる気が出ます」

「そうか。そういうことなら」

 オリバー様が一歩踏み出すと、騎士たちがこちらに集まってきた。

「オリバー王子。今日はこちらに用事がおありですか?」

「初めまして! いつも、オリバー王子の素晴らしいお噂を聞いております」

 オリバー様は騎士たちにすっかり囲まれてしまった。

 私は、邪魔になるといけないので、少し隅にずれた。

「オリバー王子は人気者ですね」

「そうですね。オリバー様は、民にも優しいですし、城の騎士たちにもよく激励をしているもの」

 私は、何だか誇らしかった。学園の騎士たちにも、オリバー様は素晴らしいと評価されているんだ。やっぱり、オリバー様は次期国王にふさわしい方だ。

「……アビゲイル様。少しよろしいですか?」

「なに?」

「こちらへ」

 ノアさんは、先ほど入ってきた訓練場の入り口へと、私を連れていった。

 廊下へ出ると、ノアさんは足早に歩いた。私はそれを追いかける。

 ある部屋のドアの前で、ノアさんは立ち止まった。

「ここが俺たちの部屋です」

「そうなの」

 寮の入口から近いところに、部屋があった。

「強い騎士が入口近くに配置されているのです。敵が入ってきた時に即座に対応するために」

 そうなのか。それなら、ノアさんとエドワードは学園内では強い方になるのだろう。

「さあ」

 ノアさんはドアの鍵を開けて、部屋に入るように促した。

 部屋に入るのはまずい気がするのだけど、無言の視線が怖い。

 とりあえず、私はゆっくりと部屋の中に入った。

 右側に二段ベッド、窓側に二つの机があり、左側にはクローゼットがあった。

 寮の外観と一緒で物があまりない質素な部屋だった。

 机の片方は整頓され、本が綺麗に並べてある、もう片方は、本や紙が乱雑に置いてある。うーん。汚い方がエドワードかな。ノアさんの机は綺麗そうだもの。

「あ……。すみません。机を片付けるのを忘れていました」

 ノアさんはそう言って、整頓されていない方の机の前へ行き、机を隠すように立った。

 そっちがノアさんの机なのか。何だか意外だ。きっちりしている人だと思っていたし、エドワードの方が整理整頓できないのかと思っていた。

 そういえば、なぜ部屋へ連れてきたんだろう。

 そんな事を考えていたら、ノアさんが近づいてきた。

「アビゲイル様」

 熱っぽく、私の名を呼んだ。

 あ、キスされる、そう思った。

「あの、こんな所では」

「あなたが美しいのが悪いのですよ」

 私は、顔が赤くなるのを感じて、少し横を向いた。

 目が合った。ベッドの上にエドワードがいたのだ。

「あー。お邪魔だったか?」

 エドワードは頭を掻いて、こちらを見ている。

「え、えええ、エドワードさん。いつから?」

 私がそう聞くと、エドワードはずっといたけどと答えた。

「お前ら、もしかして、そういう関係?」

「おや。エドワードさん、いらしたんですね」

「いらしたんですね、じゃないだろ。お前、知ってただろ。確信犯やめろよな」

「何の事かわかりかねます」

 エドワードは体を起こして、ベッドから出た。

「あの、このことは、オリバー様には……」

「言わないよ。ノアの恋が実っていたのには、驚いたけど」

 エドワードは、ふあっとあくびをした。興味なさそうだ。

「ありがとうございます……」

 恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。

 エドワードに見られていたなんて! いるなら、いるって言ってよー。

「アビゲイル様。そろそろ戻りましょうか。オリバー王子に気づかれると、厄介ですので」

「ノア……。あんまりアビゲイルを困らせるなよ」

「困らせたことなんてありませんけど」

 ノアさんは、にっこりと笑った。

 今、絶賛、困ってるよ。

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