13話 ノアさんと密会

 アメリアと遊んだ後、自宅に戻り、色々と済ませて、自室に帰った。

 髪を櫛で整えて、寝る準備をしていた時、窓からコンコンと音がした。

「え?」

 もしかして、またノアさんか?

 私は恐る恐るカーテンを開けて、外を見てみた。

 にっこりと笑顔をたずさえたノアさんが立っていた。私は慌てて窓を開ける。

「ノアさん。また、来たの」

「ええ。今日は、アビゲイル様を独り占めできなかったので」

 私はノアさんを部屋に通した。

 前回のことがあるので、距離を保ちつつだが。

「あまり女性の部屋へ夜に訪ねてくるのは感心しないけど」

「すみません。俺の愛が溢れ出てるばかりに」

 ノアさんはゆっくりとお辞儀をした。

「そういえば、俺があげたネックレス、付けてくださってるのですね」

「え、ええ。綺麗ですし。寝るところだったから、外そうと思ってたけど」

「寝てる時も付けてて」

 ノアさんは甘く低く耳に響くような声で囁いた。

「でも、壊れたりしたら、困るし」

「いいから」

 ノアさんは一歩私に近づく。

 私はそれに合わせて、後退した。

「なぜ、逃げるのですか?」

「前科があるから」

「キス以上のことはしませんよ」

 私はその言葉に顔がカッと赤くなるのを感じた。

 あの夜、キスしたことを思い出してしまった。

「キスが……困るんだけど」

「キスくらい許してほしいですね」

「キスくらいって! 私は初めてだったのですよ」

「初めて? オリバー王子とはした事がないのですか?」

 私は首を横に振った。

「そうか……」

 ノアさんの口角が上がった。なんか、邪悪な笑みに見えるんだけど。

「本当に?」

「口にはしたことない」

「……なんだ。そういう事か」

 ノアさんは少し残念そうに眉を下げた。

「まあ、初めての唇は俺がいただけたという事ですね。光栄です」

「無理やりしたくせに」

「あなたを手に入れるためですから」

 私は、ふんと鼻を鳴らして、顔を横にそらした。

 あの時、怖かったんだから、少しは反省してほしいものだ。

「俺のアビゲイル様」

 ノアさんは跪いた。

「どうか触れることを許してはくれませんか」

「……嫌なことをしないなら」

「ありがたきお言葉」

 ノアさんはスっと立ち上がり、私にゆっくりと近づいた。

 触れられる距離まで来ると、手に触れられる。手を握られた。私の胸のところまで持ち上げられ、反対側の手でゆっくりと撫でられた。

「美しい手だ」

「そんな事はないと思う」

「そんな事ありますよ。小さくて愛しき手です。俺があの野蛮な怪盗から守ってみせますからね」

 手を強く握られる。

 固く誓う約束を感じられた。

「ノアさんがいれば、怖くない気がする」

「そう言っていただき、ありがとうございます」

「お礼を言うのは、私の方よ」

 私はなんだかくすぐったい気持ちになって、自然と笑みがこぼれた。

「必ず守ります。俺のアビゲイル様」

 そう言って、手の甲にキスを落とした。

 少し触れるだけのキス。あの夜のような激しさはない。

「……オリバー王子から、早くあなたを奪いたい」

「私、オリバー様のことは、男性としては見てないわよ」

「それは、存じてます。ただ、婚約者だというのが許せないのです」

 なんで存じてるの。なんで知ってるのよ。

 と、思ったが、胸の内にしまった。

「オリバー王子が、あなたを女性として見てないことも」

「ノアさんも知っているのね。オリバー様はアメリアさんが好きなの」

 ノアさんの目元がぴくりと動いた気がした。気のせいかな。

「でも、私はそれでいいと思っている。オリバー様が幸せであれば」

「そうですか……」

 ノアさんは突然私を引っ張り、胸に押し当てた。

 閉じ込めるように、抱きしめられる。

「俺はあなたの幸せを願っています。あなたを女性として見ていないような男の事を考えないでください」

「ノアさん……」

 強くも弱くもない抱擁は心地よかった。

 温かくて、このまま寝てしまいそう。前の夜のような恐ろしさはない。ノアさんは、私が嫌がることはもうしない。そんな気がするのだ。

「このままキスしてもいいですか?」

「それはダメ」

 恥ずかしいし、まだダメな気がする。

「しますね」

「話聞いてた?」

 前言撤回だ。普通に、好きな事をしようとしている。私が嫌でもお構いなしだ。

 ノアさんは、私の唇にキスをした。

 ダメって言ったのに。

 触れるだけで、終わった。ゆっくりと離れたノアさんの顔をじっと見つめる。余裕のありそうな顔だ。なんだか、ムカつく!

「そろそろ帰ります。エドワードさんに寮にいないことがバレたら怒られますからね」

「エドワードさんに?」

「同室なんですよ。この前は怒られましたね」

 ノアさんはにっこりと笑い私から離れて、窓へと歩いていく。

「おやすみなさい。アビゲイル様」

「おやすみ」

 挨拶を交わすと、ノアさんはベランダから下へと降りていった。

 私は降りたノアさんが消えるまで、ずっと見ていた。

 絆されている。絆されている自分が、良いとも思っている。オリバー様がいるのに。

 でも、オリバー様はアメリアが好きだから、良いよね……。そう、良いのよ……。

 私は再び寝ようと思って、ベッドへと向かった。

 ベッドがなんだか膨らんでいる気がする。

「え? 何?」

 私が布団をめくると、神様が寝転がっていた。銀の長い髪が、さらりとシーツに広がっている。今は、髪を束ねていない。

「なんで!」

「やあ、アビゲイル。聞きたいことがあるみたいだったから、来てあげたよ」

 神様は気だるげに、体を起こした。

「淑女のベッドで眠るのは背徳感があっていいね」

「な、何してるのですか?」

 私はわなわなと震えて、神様を指さしてしまった。

「前言の通りだよ」

 あっけらかんに答えた神様に空いた口が塞がらなかった。

「それで、アビゲイル。聞きたいことは?」

 私は、ハッとして、我に返った。

 そうだ。まだ聞きたいことがあるんだ。

「私やアメリアをこの世界に転生させたのは、あなたなの?」

「違うよ」

「え? 違うんですか」

「別の神だねえ。私は関係ないよ。でも、君たちが可哀想だから様子を見に来てるんだよ」

「神様って、他にもいるんですか?」

「そうだね。私は記憶の神。君たちをこの世界に転生させたのは、生命の神」

「記憶の神様と、生命の神様……」

「他にも色々いるけど、私も全てを把握していないよ」

 神様は、私のベッドで胡座をかいた。

「他に聞きたいことはないかい」

「あと、この世界はゲームの世界なのですよね。シナリオ通りに進んでいない気がするの。それはなぜなのでしょうか」

「……この世界はゲームを元にして作られたものだよ。でも、ゲームを元にしているだけで、ここにいる人や神は生身のもの」

「ゲームを元にしている?」

「今は別の世界にいるけど、大神という最上位の神がいて、その神がこの世界を作ったのさ」

 この世界は作られた世界なのか。私のいた日本のゲームを元にして作られた……。

「シナリオ通りに進まないのは、そのせいだろう」

「そうですか……」

「気に病むことはない。人生とはそういうものなのだろう?」

 そう。確かにそうだ。日本に住んでいた頃も、シナリオなんて、なかった。思い通りにいかない人生だった。

「それに、ゲームの通りに進むと、君は困るんじゃないかな」

 そうだ。断罪イベントがある。それを回避するために、私は動いていた。

 シナリオ通りに進まないのであれば、私がオリバー様に不信な事をしなければ、断罪されることはないだろう。

「ん?」

「どうかしたか?」

「あー!」

 不信な事、してる! してる!

 ノアさんとこっそり付き合ってる!

 これって、バレたら、断罪される? 婚約破棄だけで済むのかな。

「ちょっと厄介な事を考えてしまって」

「そうか。だが、人生は多少厄介な事があった方が楽しいだろう。気長に気楽に過ごせよ」

 神様がそう言うと、すっと姿が薄くなり、徐々に消えていってしまった。

「あ……。行っちゃった」

 私は、少しシワの寄ったシーツを直して、ベッドに座った。

 ノアさんの事、真剣に考えた方がいいよね。オリバー様に不信なことをしているわけだし。

 しかし、咄嗟に恋人になることを私から提案してしまったから、別れを告げにくい。それに、別れを告げたら、今度こそ襲われてしまうかもしれない。

 考える事が減ったと思ったら、また考える事が増えたなと思い、私は横になった。

 はあと、ため息をつき、布団を被った。

 今日は、よく眠れないかもしれないなと考えながら……。

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