第2章 学園生活

11話 ノアさんとオリバー様と

 ノアさんが私の騎士となった次の日、なんとオリバー様が体調不良で休んでしまわれた。

 まさか、昨日のことがショックで寝込んでいるわけではないよね。

 放課後、お見舞いに行ってみよう。

 そんな事を考えたりしながら、午前中を過ごしていた。

「アビゲイル様。少しいいですか?」

 昼食の時間になり、ノアさんに話しかけられた。

「例の件で話が」

 例の件……アルフィーのことね。

「ええ。わかりました」

「アビゲイル様ぁ。今日はオリバー王子はお休みですから、一緒にお昼ご飯を食べませんか?」

 お弁当箱を抱えたアメリアがそこにいた。

「アメリアさん。ごめんなさい。今日はダメなの」

「ええ! そうですかあ。残念です」

 アメリアは残念そうに自席に帰って行った。

 それから、私はノアさんといつもの庭園へと向かった。

「あら? フレディさんたちは?」

 てっきり庭園にフレディたちがいると思っていたが、いなかった。

「何の話ですか?」

「え、だって、例の件って、アルフィーのことでしょ」

「違いますよ」

「違うの?」

 私はとても驚いてしまった。他に何かあったかな。

「俺はアビゲイル様と二人きりになりたかったので」

「えー?」

「秘密の恋人、でしょう?」

「そうですけど」

 あれは、あの場を凌ぐための、何とやらで……。いや、本気にするだろうとは、思っていたけれど、いきなり二人きりになると警戒してしまう。

「あの、前のようなことは、結婚してからにしませんか」

「前のようなこととは?」

「き、キスしたり……」

「キスくらいは許していただきたいですね。それ以上は求めませんので」

「それ以上!」

 私は腕で体を抱きしめて、後退した。

「警戒しないでくださいよ。今日は何もしません」

 ほら、と言い、ノアさんは手の中から、お重のお弁当箱を出現させた。

「え! 何? え、突然出てきた!」

「これは、ニンジュツですよ」

「忍術?」

「ええ。アビゲイル様にだけ見せる特別な魔法です」

「忍術……」

「さあ、あそこのベンチで昼食を取りましょう」

 私たちは、庭園の中にあるベンチに座り、食事をすることにした。

 お重の中には、おにぎりや、煮物など日本の食べ物に近いものがたくさん入っていた。

「これは……」

「俺の母国の料理です。砂糖や、母国にある調味料を使っているんですよ」

「母国? この国の出身ではないの?」

「ええ、まあ。それについては、また今度話しますね。さあ、食べましょう」

 そう言って、箸を渡してきた。この世界では初めて見る。私はそれを受け取り、食べようとした。

「箸の使い方をご存知なのですか?」

「あ! えっと、そうなの。本で読んだことがあって」

「……そうですか」

 ノアさんは私を射抜くように見た。納得したのかしていないのかわからないが、言及するのはやめたようだ。

 私は煮物を口に含んだ。懐かしい日本の味がする。

「美味しい!」

「お口にあって、嬉しいです」

 私は久しぶりの日本料理……名前は違うと思うが、日本の懐かしい味を堪能した。

「美しいですね」

「はい?」

「あなたが」

「へ?」

 ノアさんはにっこりと笑い、私の口に手を添えた。

「ご飯粒がついていますよ」

 そう言って、私の口についていたであろうご飯粒をとって、それを口に含んだ。

 私の頬は熱を持った。あの日の夜のことを思い出したからだ。ノアさんの唇と私の唇が……。

「あ、あの、この料理は、誰が作ったんですか」

 私は話を逸らしたくて、気になっていたことを聞いてみた。

「これは俺が作ったんですよ。俺は学園の寮で生活していますから、そこの調理場で作りました」

「へえ。ノアさんって料理が作れるんですね」

「騎士が料理できるのは、変ですか?」

「いえ、そんなことありません。素晴らしいことですよ」

 ノアさんはその言葉に嬉しそうに口角を上げた。

「そう言ってくださるのは、アビゲイル様だけですよ。ありがとうございます」

「お礼なんて。私は本当のことを言っただけです」

「……アビゲイル様。敬語はやめていただきませんか」

「でも、先輩ですし、年上ですし」

「恋人、なのですから」

 私は、うーんと唸って考えた。私は貴族令嬢だし、ノアさんは騎士だから、敬語で話す必要はない。でも、個人的に、先輩や年上の方と敬語で話すのが癖になっているからな。

「頑張ってみます。あ、頑張る」

「お願いしますね」

 ノアさんは私の頭を優しく撫でた。

 求婚してきた時は変な人だなと思っていたが、恋人になると、普通だ。普通に愛してくれているのを感じる。

 求婚やアプローチが下手なだけなのかな。

 ご飯を食べ終わり、そろそろ教室に戻るために立ち上がろうとしたら、ノアさんに腕を掴まれた。

 私はすとんとノアさんの膝の上に座ってしまった。

「ごめん」

「俺が腕を引っ張ったからですよ」

「腕を離してくれる?」

 ノアさんは首を横に振った。

「少しだけこのままで」

「でも、誰かに見られたら……」

 その時、がさっと茂みが動いた。

「だ、誰?」

 茂みはガサガサと小刻みに動いてから、中から人が出てきた。

「アビゲイル様ぁ」

 アメリアだ。

 髪に葉っぱを付けている。

「アメリア。なんでここに?」

 私は駆け寄ろうとしたが、ノアさんにしっかり腕を掴めれていて、動けない。

「やっぱり、一緒にいたくて探したんですよ。そしたら、ノアさんと密会だなんて!」

 アメリアは立ち上がり、スカートの葉っぱを落とした。

「み、密会! 違うのよ。これは」

「良いんですよ。隠さなくても。秘密のお付き合いなんですよね。私、誰にも言いません」

「そうしてくれると、助かりますね」

 ノアさんはそう答えた。

「その代わり……今度一緒に遊びに行きましょう」

「別に、こんなことがなくても、一緒に遊びに行きましょう」

「いいんですか!」

「もちろんよ。でも、この事は誰にも言わないでちょうだい」

「わかりました!」

 アメリアは、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。

「……ノアさん、そろそろ離してほしいのだけど」

「そうですね。授業も始まりますし」

 そう言って、ノアさんは手を離してくれた。

 私は立ち上がった。アメリアの側に寄り、彼女の頭についた葉っぱをとる。

 そして、三人で教室へと戻ることにした。


 放課後、私はオリバー様の元へ行くために王城に来ていた。

 王城に来るのは久しぶりだ。白を基調とした城は、中は案外質素で、装飾品があまりない。その代わりに、絵画がたくさんある。

「アビゲイル様。こちらです」

 メイドに通され、オリバー様の自室にやってきた。

 ノックをすると、気弱な返事が返ってきた。

「オリバー様。アビゲイルです。入りますよ」

「アビゲイル!」

 ドタドタガシャンと、大きな音が聞こえた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 そう言われたので、待つことにした。

 少し時が経った頃、ドアがゆっくりと開けられた。

「客室で話そう」

 身なりがきちんとした状態で、オリバー様は出てきた。

「起きて大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。さあ、行こう」

 二人で、客室へ行くことにした。オリバー様はメイドに紅茶と甘くないお菓子を用意するように言った。王子といえど、易々と砂糖の入ったお菓子は入手できないのだ。

客室へ行き、私はオリバー様の前のソファに座ろうとした。

「アビゲイル。こちらに」

 オリバー様は隣に来いと言わんばかりに、手で示した。

「でも」

「いいから」

 私は、おずおずとオリバー様の隣に腰掛けた。

 ノアさんとお付き合いを始めたせいで、オリバー様への申し訳なさがすごくある。

「あいつ……ノアはどうだった」

「え、ええ。普通に護衛してくださってます」

「アビゲイルに言い寄ってきてないか?」

「大丈夫ですよ」

 そう。付き合っているから、もう言い寄る必要がないのだ。

「そうか」

「オリバーは、体調は大丈夫ですか?」

「ああ、俺は単なる寝不足だ」

 確かに、よく見ると目の下にクマがあった。

「今朝、母上に見られて、そんなクマで学園に行くなと言われてしまってな。相変わらず、過保護なんだ」

「そうですか。大事ではなくて良かったです」

「心配してくれたんだな。ありがとう」

 オリバー様は私の手をとり、優しく撫でた。

 くすぐったかったが、それを受け入れた。

「きちんと寝てくださいね」

「わかっている。もう子どもじゃないんだぞ」

 二人で目を合わせると、お互い笑ってしまった。

「……よく眠れるおまじないがあっただろう」

「え、ええ」

 おまじない……あれのことか。

「してくれるか?」

「でも」

「誰もいないから、いいだろう」

 オリバー様には、もう好きな人がいるのに、そんなことしていいのか。

 オリバー様はじっと私を見つめる。その目に弱い。悔しい!

「一回だけですよ」

「ああ」

 オリバー様は目を閉じた。

 私は、オリバー様の顔にゆっくりと自分の顔を近づけ、瞼の上にキスを落とした。

 恥ずかしくなって、すかさず離れた。

「今日は、よく眠れそうだ」

 オリバー様は機嫌良さそうに、そう呟いた。

 弟みたい! 弟みたい! 私はそうやって自分に呪文をかけて、やり過ごそうとした。

 その後は、オリバー様と紅茶やお菓子を楽しんでから、自宅へと帰った。

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