10話 私の騎士ノア

 フレディにアルフィーを捕まえる協力をすると言った日、レオ兄様に、ノアさんを私の身辺警護の騎士として採用してほしいと進言した。ちょうど、レオ兄様が心配して、ウォーカー邸に来てくれたのだ。

「アビゲイル。その男は信用できるのか?」

「はい。アーサーさんの騎士をしている方ですし」

「アーサー……スミス家の嫡子か。多くの騎士を従えている家だが、ノアという奴はアーサーの騎士だろう? 離れても大丈夫なのか」

「代わりの方もいますし、エドワードさんもいるので、大丈夫だと言っていました。私も見知った方がいると安心できます」

「アビゲイルがそう言うなら良いが、嫌なことをされたら、言うのだぞ」

「はい。ありがとうございます。レオ兄様」

「兄様……。あ、いや、まあ、当然のことをしているまでだ。オリバーの婚約者として恥じぬようにな」

「はい」

 レオ兄様は、少し照れているのか、顔を背けてしまった。

 レオ兄様と呼んでほしいと言ったのは、ご自分なのになと思った。

「では、明日から、学園の登下校は俺が手配した騎士を、学園内ではノアに警護させよう」

 そう言って、レオ兄様は行ってしまった。

 私は自室に戻り、今のこの状況を整理することにした。

 五月に現れるはずだったアルフィーが四月半ばに現れ、私とアメリアを狙うこととなった。そして、私はアルフィーを捕らえたいフレディたちに協力し、ノアさんに警護をされることになった。ちなみに、アルフィールートは、セーブデータをデリートすると決めて、ゲームを開始すると、直後からルート入りするので、四月の頭から登場する。

 今、一番気になるのは、ノアさんは私に求婚していて、その噂が広まっていることだ。注目を浴びるのは得意ではない。

 それと、アメリアとは仲良くなれて、断罪ルートは回避できそうなのに、ゲームのシナリオと違うことが起きすぎている。このままだと、どうなるのかわからない。第一、各ルートに入るとストーリーがまるっきり変わるゲームだ。五月からは各ルートに入る。一体誰のルートに入るのだろう。アメリアは、あんな感じだし、誰かを攻略するつもりもなさそうだ。ルートによって、アビゲイルの結末が変わることはないが、アメリアや他のキャラたちはそうもいかない。私は、どのキャラも好きだ。このゲームが大好きだ。

 だから、皆がハッピーエンドになる道を探したいと思った。特に、オリバー様が幸せになると嬉しい。私って、弟属性が好きなのかな。

 そんな事を考えていると、窓からコンコンと音がした。

 こんな夜に何の音だと思い、窓に近づき、ゆっくりとカーテンを開けた。

「ノアさん!」

 ノアさんが、ベランダにいた。

 私は、急いで、窓を開ける。ノアさんは、スッと中に入ってきた。

「アビゲイル様。夜に来てしまい、すみません」

「え、いや、なんで? うちの警備隊はどうやって?」

「秘密です」

 ノアさんはウインクをして、人差し指を口元にやった。

 秘密って何だ。こんなことされると、驚くだろう。

「と、とにかく、何か用事があるのですか?」

「ええ」

 ノアさんはにっこり笑い、いつもの笑顔で、私の顔に触れた。

 あれ、そういえば、私ネグリジェではないか! 恥ずかしくなってきて、顔が赤くなるのを感じた。

「あの、手短にお願いします」

「もちろん。俺も、そんな格好のあなたの前でおとなしくしている自信もありませんし」

「え?」

 今、何か言った? よく聞こえなかった。ノアさん、たまにボソボソ喋るんだよな。

「いえ、何でもないです」

 ノアさんは私の頬から手を離し、咳払いをした。

「今日こそは、私の妻になってもらおうと思い、やってきました」

「それは前もお断りしたはずです」

「オリバー王子のことですよね? でも、彼は別の女性が好きなのではないですか」

「それは……」

 私は、反論できなかった。確かに、オリバー様はアメリアのことが好きだ。直接聞いたわけではないが、絶対に好きになっている。

「あなたを真に愛しているのは、俺ですよ」

「でも、オリバー様が誰を好きでも、今はあの人の婚約者です」

「そうですか……」

 ノアさんは一瞬顔を横に背けたかと思ったら、突然肩を掴まれ、引き寄せられた。

 ノアさんの顔が近くにあり、ドキリとした。顔面は本当にかっこいい。ゲームで、モブ騎士だったのが勿体無いくらいに。

「それなら、無理やり奪うまでか」

 そう言って私の唇を指でなぞった。

「え? ちょ、ちょっと待って!」

「待たない」

 ノアさんの顔がさらに近づき、唇が少し触れた。ゆっくりと触れる面積が大きくなった。温かかった。熱が出そうなほど、顔が熱くなる。

 キスをされた!

 初めてなのに!

「んんっ!」

 やめてほしくて、押し返そうとするがびくともしない。

 長いキスの後、ゆっくりと唇が離れて、ノアさんと目があった。鋭い目つきで、穴が開きそうだ。

「俺のものになるか、ここで大変な目にあうか選べ」

「大変な目って……」

「何だろうな?」

 ノアさんは目を細めて笑った。

 予想はできている。

「妻は無理です」

「そうか。それなら」

 ノアさんは、私の服に手をかけようとした。私はそれを慌てて、押さえた。しかし、力が強くて、押さえきれない。

「か、彼女なら。恋人なら、大丈夫です!」

「……恋人?」

 ノアさんの手が止まった。

「もちろん、秘密ですよ。私はオリバー様の婚約者なのですから」

「秘密の恋人か」

「そうです」

 ノアさんは、その場から後ろに下がった。私は、離れていったノアさんの熱をまだ感じていた。

「いいな。それなら、いい」

「じゃあ!」

「今日はここで失礼します」

 良かった。危ない所だった。

 ノアさんは、ベランダの手すりに足をかけた。

「アビゲイル様、また明日お会いしましょう」

 そう言って、飛び降りてしまった。

 待てよ。ここは、三階だ。

「ノアさん!」

 私はベランダの端までいき、下を見た。無事に着地したノアさんは手を振り、走って行った。

 よく怪我もなく降りれたな。魔法を使ったのかな。

 それにしても……。

「早まったかな。秘密の恋人って、いいのかな」

 私は自室に戻り、窓とカーテンを閉めた。

 その日は、悶々と考えてしまい、よく眠れなかった。朝起きたら、カンナに目元が酷いと言われて、いつもより濃いめに化粧を施された。


 次の日、教室へ行くと、オリバー様が既にいた。

 私は、気まずくて、気づかれないように、そっと自席に行こうとした。

「アビゲイル!」

 しかし、見つかってしまった。

「ひゃい!」

「ん? どうした?」

 オリバー様は首を傾げて、じっと見つめてきた。

「いえ、何でも。おはようございます。オリバー様」

「ああ、おはよう。今日から、騎士が付くんだろう。挨拶でもしようと思ってな」

「はい!……あ」

「どうかしたか」

 まずいと思った瞬間には、すでにノアさんがオリバー様の後ろに立っていた。

 今、気づいたが、ノアさんってオリバー様より何センチか背が高いんだな。

 って、現実逃避している場合じゃなかった。

「お前、性懲りも無く、また来たのか」

「今回は違う目的できました」

「違う目的?」

「アビゲイル様から、説明していただいた方がよろしいかと」

 オリバー様は、ノアさんの方から視線を外し、私に向き直った。

「えっと」

「アビゲイル。こいつに何かされたのか?」

「違います! ただ、今日から警護してくれる騎士はノアさんになったのです」

「へ?」

 オリバー様は過去一、間抜けな声を出したと思う。

 オリバー様はノアさんと私を交互に見た。

「レオ兄さんが許可するはずがない」

「アビゲイル様が私を使うように言ったんですよ」

「え、ええ。知り合いが身辺警護をしてくれた方が、気が休まると思ったのです」

「な! ななな! 何だと!」

 オリバー様の声に、教室中がどよめき出した。

「アビゲイル。何だって、こんな男を」

 オリバー様は私の肩を持ち、揺さぶった。

「入学式の日に、よくしていただいたので」

「こんな男を……」

 私の引きつっているであろう笑顔を見たオリバー様は信じられないといった様子でたじろいだ。

「俺のアビゲイルが……こんな男を信用しているなんて」

「オリバー王子のものではないですよ」

 ノアさんが空気を読まずに言った。空気を読んで!

 だが、オリバー様には届かなかったのか、よろよろとよろめいて、オリバー様は自分の席に戻ろうとしていた。

 余程、ショックだったのか。こんなに落ち込まれるとは思わなかったので、後でどうやって慰めるか考えることにした。

 ノアさんは変わらず笑顔で、じゃあ後ろの席についてますねと、言い、その場から立ち去った。

 私がノアさんと恋人同士になってしまったことを知ったら、オリバー様はどうなってしまうんだろうかと、心配になった。

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