9話 フレディとジョシュアとアーサー

「アビゲイル・ウォーカーはいるか!」

 教室のドアが勢いよく開き、三人の男子生徒が入ってきた。

 三人とも、攻略キャラだった。

 フレディ・クラーク。薄いピンクのボサボサの短髪にブルーの瞳で、元気でやんちゃな貴族。

 ジョシュア・エバンズ。フレディの執事で、ブラウンの整えられた髪にエメラルドグリーンの瞳。左目に黒い眼帯をしている。フレディをからかうのが好き。

 アーサー・スミス。ノアさんが護衛している貴族だ。ターコイズブルーのおかっぱ頭に、緑の瞳に銀縁のメガネ。フレディと仲が良い。

「私がアビゲイルですが」

 私は、三人の前に行き、お辞儀をした。

「そうか。お前が、アルフィーに狙われている令嬢か」

 フレディは品定めするように私を見た。最近、こういうことが多いな。あまり年若い令嬢をじろじろと見ないでほしい。嫁入り前よ。

「少し話がある。ついてこい」

「すみませんが、オリバー様から知らない男性について行くなと言われていまして」

「知らない男性でなければ大丈夫ですか?」

 三人の後ろに先ほどから、人がいるなと思っていたら、ノアさんがひょっこりと現れた。

 にっこり笑い、私に挨拶をした。

 うーん。知らない男性ではないけれど、多分オリバー様が一番会って欲しくないのは、ノアさんだろう。

「ここではダメなのでしょうか」

「ダメだな。人目がある」

 人目のないところに連れて行かれるのが、ダメなんだが。

「私が護衛しますよ」

 ノアさんは手を差し出した。

「ノア、君は僕の騎士だろう」

 アーサーは、はあとため息をついた。

「じゃあ、今だけは、アビゲイル様の騎士になりますね」

「それが、ダメなんだが」

 アーサーは、二回目のため息をついた。

「安心してください。アーサー様もフレディ様もあなたに危害を加えたりはしませんよ」

 ノアさんは、優しく諭すように言った。

 私は、攻略キャラたちを知っているから、この人たちが良い人だと知っている。だが、普通の令嬢なら……こんなかっこいい人たちに囲まれたら、ついていくか。女生徒たちが、楽しそうにこちらを見ている。

「わかりました。少しだけなら」

 私はそう言って、彼らについていくことにした。

 いつもの庭園についた。ここはいつも人がいない。なぜなんだろう。

「この庭園にいつも人がいないことに疑問を持ちましたか?」

 ノアさんが私が考えていることを、ずばり当てた。

「はい。なぜなのでしょうか?」

「それは、この庭園には魔法がかけられていて、真に必要としている者や、探し人がいる人にしか開かれないからですよ。普通の生徒には認識すらされていません」

 そうなのか。魔法がかけられているとは、知らなかった。確かに、ゲームでイベントが起きる時、庭園でのシーンでは人が全くいなかった気がする。

「アビゲイル様は、私が先にここへ呼んだため、認識できるようになったのでしょうね」

「なるほど。それで、お話とは何でしょうか」

「ああ。そのことなんだが、アビゲイル。アルフィーを捕らえるのに協力してもらえないか」

 フレディは真剣な目で私を見た。

「フレディさんは、なぜアルフィーを捕らえようとしているんですか?」

「ん? なぜ、俺の名前を知っている?」

「あー。女生徒から、人気ですので」

「そ、そうか。まあな!そうか。人気か」

 フレディは気をよくしたのか嬉しそうに笑った。

「っと、なぜアルフィーを捕らえたいかだったな。俺の友人、アーサーの家の家宝が盗まれたんだよ。それを取り戻すために動こうと思ってな」

 フレディはアーサーを指差した。アーサーは、こくんと小さく頷く。

「それなら、なぜアメリアさんではなく私を?」

 確かに、フレディルートでは、アルフィーを捕まえる手助けをするイベントがあった。

「アメリアという聖女と呼ばれている女性は気が弱いらしいと聞いてな。気が強いことで有名なお前にした」

「ほう……気が強いと」

 そんなことを言われているのか。心外だ。お淑やかに暮らしているのに。

「ノアの求婚にも耐えてるらしいしな」

「え?」

「オリバー王子の婚約者アビゲイル・ウォーカーが、アーサーの騎士ノアに求婚されてるのが、噂になってるぜ」

「えええ!」

「おや、知らなかったんですか?」

 ノアさんは、嬉しそうに微笑んだ。

「私がアビゲイル様をお慕いしているのは、皆さんに周知しないといけないですからね」

 にっこりと笑い、私に耳打ちをした。

「俺のものだってね」

 最近、よく聞くようになった、甘く低い声でそう言った。

 私はドキリとして、顔が熱くなるのを感じた。

「ノア。嫁入り前の御令嬢に不用意に近づくな」

 ノアさんは、アーサーに咎められ、私から離れた。

「私のお嫁さんになる方なのになあ」

「勝手な妄想はやめるんだ」

 アーサーは冷たい目でノアさんを見た。

「という訳でだ。協力してくれるか?」

 フレディは、手を合わせて、お願いしてきた。

「オリバー様やレオ兄様に確認を取らないことには、承諾できません」

「いやー。レオ王子は承諾しないだろ。義妹想いで有名だし」

「え?」

 義妹想い? レオ様はこの学園の三年生だが、そんなことが有名になっているのか。

 何だか恥ずかしくて、俯いてしまった。

「だから、こっそり付き合ってくれよ」

「でも……」

「報酬は、菓子でどうだ?」

「やります!」

 お菓子を盾に取られると弱い。

「あれ? アビゲイル様、私の菓子作戦には乗らなかったのに?」

 ノアさんが眉尻を下げて、発言した。

「この前のは、条件が釣り合いません。できないこともありますが、協力はします。アメリアさんに協力してもらうのも酷ですし」

「承諾してくれて、助かる。ありがとう!」

 フレディは、満面の笑みで私の手を握り、ぶんぶん振り回した。

「フレディ様。あまりアビゲイル様の手に触れるとノアさんが怒りますよ」

 今まで、全く喋らなかった執事のジョシュアがフレディの肩に触れて、そう言った。

「怒りませんよ」

 にっこりと笑っているように見えるが、後ろに獰猛な獣がいるように見えた。

「わ、悪い」

 フレディは、ゆっくりと手を離してくれた。

「それで、具体的に何をすれば良いですか?」

「ノアを警護の騎士に追加してくれ」

「それだけですか?」

「とりあえずは。ノアに逐一連絡してもらって、アルフィーがどういう手で来るか見る」

 ノアさんは深くお辞儀をした。

「アビゲイル様のお側に置いてください」

「わかりました。レオ兄様に、知っている友人を側に置きたいと、適当に言って誤魔化してみます」

「よし。また、何かあれば、伝えに行く。全員で行くと目立つから、次回からはジョシュアに伝令を任せる」

 それは、今回教室に来る前に気づいて欲しかったな。とても目立ってましたよ。

「ジョシュア・エバンズです。フレディ様の執事をしております。普段はレオ王子と一緒のクラスで授業を受けさせてもらっています」

 そうだ。ジョシュアは三年生だったな。フレディとアーサーが二年生の同じクラスで、エドワードがアーサーの騎士として同じクラスにいる。ノアさんはどこのクラスなんだろう。やっぱり、アーサーと同じクラスなのかしら。

「ジョシュアさん。よろしくお願いします」

「ジョシュアでよろしいですよ。私はただの執事ですので、オリバー王子の婚約者にさん付けされてると知られると厄介です」

「わかったわ。ジョシュア」

「アビゲイル様は、フレディ様と違ってお利口さんですね」

「どういう意味だ。ジョシュア!」

「そのままの意味ですが?」

 ジョシュアはよくわかりませんねえという態度で、フレディをからかうような仕草をした。

「それと、今回のことは、エドワードにも伝えているから、エドワードにも頼って良いからな」

「わかりました。それと、オリバー様とレオ兄様には内緒と」

「そういう事だ! よろしく頼むぜ!」

 フレディは、歯を見せてニカっと笑った。

 じゃあ、解散とフレディは言い、私たちはそれぞれの教室へ帰ることになった。

「アビゲイル様。教室までお連れしますね」

 ノアさんにそう言われ、着いてきてもらうことにした。

 二人きりになってしまった。オリバー様に見られないか、ドキドキしながら歩いた。

「アビゲイル様」

 ノアさんは急に立ち止まり、私の方を見た。

「本当は、あなたに協力していただきたくなかった。でも、俺にはそれを止める権限もない。それに……」

 私の手をとり、額に持っていった。懇願するように、強く握られる。

「あなたの側にいられると思うと、止められなかった。あなたが危険になるかもしれなくても、あなたの側にいたかったのです」

「ノアさん」

 手が震えている。葛藤していたのだろう。

 私を守りたい気持ち、側にいたい気持ち、危険な目に合わせたくない気持ち。どちらも大事なのだろう。

 胸がキュッと痛くなる。

「そんな顔しないでください。ノアさんが、側で守ってくださるの、とても嬉しいです」

「そうですか!」

 ノアさんは、パッと顔を上げて、美しいくらい素敵な笑みを見せた。

 あれ?

「いやあ、そう言ってくださって、俺嬉しいです。アビゲイル様のお側にいられるなんて、求婚し放題だな」

「えっと、ノアさん?」

「いつか俺のものになってくださいね」

 口元が弧を描いた。手をぎゅっと握られる。

 嘘、だったのか。さっきの葛藤は嘘だったのか。

 心配して、損した!

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